上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.09.30


68img01a

アフリカの大地で想い出す、
新宿少年ゴルファーの日々……。

 僕たち新宿の少年ゴルファーは、その人生の多くをゴルフから学んだ。

 人生には満ち足りないことが多いことも、自然の中で生きるならば、思い通りにならないことが少ないことも、また、仲間との友情が決して永遠ではないことも、ぜんぶゴルフが教えてくれたものだった。

「マスターズ観た? あんなグリーンで打ったら、どんなだろうなぁ。一回でいいから、あのグリーンでパッティングしてみたいよなぁ」

 箱根山CCの"ブラウン"で、カップの反対側にボールを当てる独特の強いパットを行いながら、イワオが愚痴る。

「本当に。象の背中の14番ホールグリーン。あそこでパッティングして、1パットであがってみたいな」

 妄想を逞しくしながら、僕が応える。

「あー、なんでだよー。きょうのブラウン、カップ前に溝があるよ」

 鈴っちゃんが叫ぶ。前夜に降った大雨は、ブラウンに幾筋もの小さな「渓谷」を作っていた。

 その「渓谷」のおかげで、カップに向かっていた鈴っちゃんのパッティングは、いきなり方向を転換させて、あらぬ方向に転がるのだった。

「よし、勝った!」

 ブラウンでのパッティングに圧倒的に強いヨデブが思わずガッツポーズをする。そう、ゴルフは非情なのだ。自然に文句を言っても始まらない。

 とはいえ、そのヨデブも、自身の勝利を確かめながら、次は、自分が同じ運命になる可能性のあることを知っていた。箱根山CCでは、30センチのパッティングでも気が抜けない。それはみんなが学んだ自然の摂理でもあった。

「いいよ。それ、OKだよ」

 大ちゃんはいつでもストイックだった。中学時代から変わらない。

 マッチプレーの対戦相手のエテパンのパターが1メートル以上残っていても、すぐにOKを出したものだった。

 ところが、自分にはめっぽう厳しい。たとえ15センチメートルのパットでも、かならずカップインするのだった。そう、エテパンからの「コンシード」を断っても大ちゃんは自分のゴルフを貫いた。

 それは、途中でゴルフを辞めてしまい、僕たちのゴルフ仲間の元から去ったエテパンへの「呼びかけ」のようにも感じられた。

 少なくとも、箱根山カントリークラブでは一切の甘えが許されなかった。しかし、おのおのの少年が、それぞれの夢を必ずその先に抱いて、早朝から集ったものだった。

 その夢――、バーディを重ねて6人の中で一位になること。そう、その栄誉を求めて僕らは茶色い土の上でボールを転がし続けたのだった。

「ナイス・バルディ!」

 ベルベル人のキャディが叫ぶ。アフリカでのゴルフとしては幸先のよいスタートだ。陽射しが強まって、赤い土のグリーンを射す。

さぁ、次のホールだ。私はキャディの肩を叩いて、次のティグラウンドに急がせたのだった。

 

『前略、芝の上から』 ―― 完

 

※1年半の長きにわたり、ご愛読ありがとうございました。上杉氏新連載は、ただいま準備中です!
新連載始まりました!⇒ 「僕のマグノリアレーン」

 


前ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー