上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.07.05


57img01a

"聖地"で威力を発揮した
ヨデブのスーパーテクニック!

 ヨデブは低く強い弾道を得意としていた。普段はオープンスタンスで、限りなくクラブフェースを開き、無意味なほど高弾道のボールを打つことにより知られている人物だったが、箱根山カントリークラブでのトーナメントとなると、いきなり球筋を変えてくるのだった。

「じゃ、次のホールのティグラウンドはここね。ブッシュから30センチ以内にボールを置くこと」

 こんもりと茂ったツツジの潅木の前にボールを置きながら、ヨデブは嬉しそうに言い切った。

 そこは、ティグラウンドにしてはあまりに不自然な場所である。やや高台にあるフェアウェイに向けて打つには、前方に生い茂るツツジが邪魔をしている。

 かといって、横に打ち出すにしても、次のショットで別の木がスタイミーになり、結局同じ作業の繰り返しになる。

 可能性の残るのは後ろに打つことだ。1メートルほど後ろにボールを転がせば、次のショットでツツジの潅木を超えて直接フェアウェイを狙える。

 だが、ティショットにおけるそうした撤退は、当時の少年たちにとっては許しがたい屈辱以外のなにものでもなかった。

 となると残る選択肢はひとつ。そう、強行突破である。

 常日頃、高弾道を追求しているヨデブのゴルフには、特異な才能が宿されていた。それは、思いっきり開いたフェースのエッジでボールを捉え、強力な低弾道のトップボールを打つ特殊な技術であった。

 カーン! ガサガサ……。

 とてもナイスショットとは言いがたい音を残して、ヨデブは自分のフィニッシュに酔っている。強烈な勢いで目の前のブッシュに飛び込んだ彼のボールは、瞬時に老化したかのように緩い放物線を描いて、フェアウェイに落ちていく。それは誰も真似できない完璧なテクニックであった。

「バーディ!」

 他の少年たちがブッシュの中を覗いて、懸命にボールを探しているうちに、ヨデブは難なくバーディで上がる。

――30年後、その懐かしいツツジの潅木を前にして、フェアウェイのあった場所を見上げた。

 すっかり様子を変えた箱根山カントリークラブはきれいに造成され、遊歩道や人工池ができていた。かつて「ルンペン」のおじさんたちが住んでいた場所は花壇になってラベンダー畑が広がっている。

 その脇の噴水ではペンキ塗りの職人が、ゴルフクラブを持って立っている私に注意を促した。

「ゴルフの練習は禁止だ」

 そういえば、これは、少年時代によく受けた叱責の言葉だ。当時、私は決まって返していた言葉を思い出した。

「練習じゃないよ、試合本番だよ」

 だが、いまやそんな言葉すら吐く気にならない。箱根山カントリークラブは姿を変え、往時の面影はすでに消滅している。

 なにより、そこには対戦相手のライバルたちの姿もない。箱根山カントリークラブ近くのマンションに住んでいたヨデブも、いまは遠くに引っ越してしまった。

「はい。練習じゃありません」

 私も大人になったのだ。すごすごと引き下がり、代わりに職人たちの見えない林の奥で思いっきりクラブを振った。

 固い地面が削れて、粉々になった土が木の葉に当たる。懐かしい感触だ。これが箱根山のフェアウェイの硬さなのだ。

 薄暗い木々の間で、ひとり納得した私は箱根山カントリークラブを後にした。

[ 第57回 終わり ]


前ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー