上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.06.28


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午前0時、高層ビルの谷間で
プレーオフが始まった。

 「止めろー!」

 今度はエテパン以外の少年たちの声が、高層ビルの壁に響きわたる。貴重なボールを失うわけにはいかない。誰かれかまわず、ボールに向かって走り出す。

 グリーン上ではライバルだが、ピンチの時には助け合う、そう、すでに私たちは紳士的なゴルフのしきたりを自然に身につけていたのだった。

「なんだよ、あれ?」

 鈴っちゃんからOBボールを渡されたエテパンは納得のいかない様子で、もう一度、ティショットの位置に戻る。

 痛恨のOB。だが、勝負を捨てるわけにはいかない。夏の新宿の夜は長いのだ。

 午後9時を過ぎ、時計の針は10時を差し、さらに11時を回っても決着のつかない時もあった。それでも、私たちは誰一人帰ろうとしない。戦いは厳しいのだ。

 ヨデブが20メートル以上の奇跡的なロングパットを決めて、首位に並ぶ。追いつかれたイワオと私は、沈黙したまま顔を見合わせる。

「プレーオフかよ」

 ヨデブがつぶやく。サドンデスのプレーオフの開始だ。時計の針は午前0時を差そうとしている。さすがに人通りはない。

 公平性を期すため、敗退の決まったエテパンと鈴っちゃんが運命のホールを決める。

 さぁ、最後の戦いだ。戦う相手は、夜の闇と睡魔である。

 私は、脳裏に刻まれた微妙なアンジュレーションを思い出し、閉じそうな瞼の奥の瞳で仄かに浮かぶ20メートル先のカップを見つめる。

 あとは勘だけが頼りだ。私は、バレステロスのようなアドレスから、ボールをなでるようにパットした。

 ゆっくりと人工芝を転がりだしたボールは、狙い通りのラインに乗って黒い影の中に消えていった。傾斜で大きく右に曲がったところで、再び街灯に照らされ、白い球体が姿を現わす。次の瞬間、カップの周囲で見守るエテパンたちが歓声を上げる。

「おおっー」

 カップを舐めて1回転すると、ボールは縁で止まった。私は、ガッツポーズの姿勢からそのまま頭を抱えた。タップインしてバーディ。ヨデブとイワオのパットを待つ。

 二人とも、ロングパットはお手のものだった。ただ、プレッシャーだけがストロークの邪魔をする。

 二人とも、それぞれのロングパットで、アンジュレーションを読み違え、カップから数メートルのところにボールを止めた。

 難しい下りのパットを残したヨデブがまず脱落し、眠さのあまりイライラしているイワオのバーディパットもカップに蹴られ、パーとなった。

 新宿パター最多優勝を誇る私に、この夜の栄冠も与えられた。なにしろ、私は夜に強かった。小学生のときより徹夜マージャンで鍛えた耐性がゴルフでも生きたのだ。

 そう、私はゴルフでもマージャンでも、夜のグリーンの人工芝やマットに、めっぽう強い少年だったのである。

[ 第56回 終わり ]


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