上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.06.09


【第53回】
東京生まれ河川敷育ちの、少年紳士。

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(前回のあらすじ)
ジャーナリスト・上杉隆は、中学・高校・大学時代を通じて、ゴルフに夢中な青春を過ごしていた。中学・高校では「大ちゃん」「イワオ」「鈴っちゃん」「コミ」といった友人たちと、大学では自ら立ち上げたゴルフ同好会の仲間たちと、勉強を放り投げて白球を追う日々――。これは、彼と彼の仲間たちを中心とした、青春ゴルフノンフィクションだ!

ちょっと大きな赤い缶が
優勝者の栄誉だった。

 日本外国特派員協会にやってきた。ゴルフジャーナリストとしてやってきた。石川遼プロのランチョン&記者会見である。

 石川プロ、まだ10代にも関わらず、素晴らしい受け答えだ。外国人からの意地悪な質問にも丁寧に答えている。ふつうならば切れるだろう。なぜあんなに紳士でいられるのだろうか。

 私たち新宿の少年ゴルファーは、同じ10代の頃、石川プロとは程遠い世界にいた。もちろん記者会見など開くはずもない。いや、そもそもきちんとしたゴルフ場でラウンドすることもなかった。

 だが、お互いの戦いは熱かった。河川敷のゴルフ場ではその激しさのために、しばしばマナー違反とさえ思える言動すらあった。それは認めなければならない。なにしろみな若かったのだ。

 私たちのトーナメントにおいて、もっとも重要なことは勝つことだった。優勝者には栄誉が待っている。偉大なチャンピオンに対して、敗北者が少しずつ負担し合い、賞品を提供するのだ。

「コカコーラ、デカ缶!」

 試合後、私たちの唯一の贅沢は、自動販売機で買うジュースだった。喉を潤おし、疲れを癒す。それはいつでも最高の贅沢だったが、優勝者にはさらなる贅沢が待っていたのだ。

 敗者たちは、数十円ずつ出し合って、彼のために一本のジュースを買う。それも通常よりも大きいサイズ、それが勝者への敬意に他ならない。

 この栄誉を得るため、私たちはとかく真剣になりすぎるきらいがあった。

「2打罰! でべそ! ティマークからはみ出ていた」

 ライバルよりも1センチでも遠くに飛ばしたいという願望は、当然のようにわたしたち少年ゴルファーの間にもあった。そのはやる気持ちを抑えきれず、ときにドライバーショットでやらかしてしまうのが、「でべそ」だった。

 エテパンが完全に「でべそ」で構えている。いつもは騒がしい私たち同伴競技者もそのときは極めて静かに見守っている。何しろ勝負がかかっているのだ。そして、エテパンの嘆きを聞くことになる。


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