上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.06.01


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新宿にもいたランガーやライル。
さらにセベは二人もいた。

 鈴っちゃんは、ゴルフを始めたときからベルンハルト・ランガーであった。

 独特なフラットスウィングを真似し、左ひじを地面に向けながら、手首を返し、そのままフィニッシュまでもっていく。打った後はクラブヘッドが下を向き、静かな表情でボールの行方を見る。

 まさしく、鈴っちゃんはそれを真似してボールを打ち、まさしく目も当てられないほどダフって、首をかしげ続けるのだった。

 コミ(小宮山亮)は、明らかにサンディ・ライルだった。そもそも風貌が似ていた。中学生とは思えない長身と体躯、スコットランド人のような高い鼻、さらにライルのようなちぢれ毛、まさしくコミは新宿のライルであった。

 コミはいつも大きな身体を屈めてアドレスしたものだった。どうしてそんなに小さく構えるのか不思議なほど身体を屈し、またその構えに似合わない勢いでボールを強打したものだった。

 一度当たると、とてつもない飛距離を生み出す。だが、大抵はとてつもない曲がり方をしてボールはハザードに消えていったものだった。

 こうした偉大な脇役たちが花を添える中、やはり誰もが憧れたのがセベだった。少年たちの間でセベはもはや神格化されていた。

 そのセベの真似に関しては、私とイワオがつねにライバル関係にあった。お互いその役どころを奪い、そして奪われながら、自分こそが「真のセベ」であると信じて戦ってきたのだ。

 もちろん、断じてどちらも真のセベではない。だが、そんなことはどうでもよかった。セベに成りきって、困難なショットを成功させれば、その瞬間だけは、それでどちらもセベになれたからだった。

 セベの死後、ニック・プライスはインタビューの中で、「ほとんどの選手が30から40種類の技術しか持っていないところ、1万通りの技術を持っていた」とセベを語った。

 また、生前ではあるが、ベン・クレンショーは「セベはほとんど完璧なゴルファー。トラブルに見えても彼にとってそれは難問じゃないんだ」と語り、リー・トレビノも「ニクラスにはパター。オレは飛距離。ゴルフの神様は誰にも必ずひとつの欠点を与える。ただし、セベ以外にはね」と賞賛した。

 同じトッププロから一目置かれるセベを、極東の少年たちが神格化するのも無理なきことがお分かりだろう。

 だから、私たち少年ゴルファーにとって、何よりの称号は、次の一言をライバルたちに言わせることだった。

「おー、セベみたいだ」

 それは、断じて「ランガーみたい」でも、「ライルみたい」でもなかった。絶対にセベでなくてはいけなかったのだ。

[ 第52回 終わり ]


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