上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.05.26


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バンカーに入ったとき、
英雄になれるチャンスが訪れる!

 そう、私たちはそもそもいつもワンクラブで戦っていた。箱根山GCではウェッジによるワンクラブマッチ、河川敷のゴルフ場に忍び込むときは、すぐに逃げられるようにクラブは一本しかもって行かない。そう、私たち少年泥棒ゴルファーにとってワンクラブマッチは必然であったのだ。

「オレは5番」とイワオが言えば、「じゃ僕は7番」と私が宣言する。河川敷での戦いでは、私たちはいつもワンクラブで戦った。

 アゲンストの風が吹き付ける500メートル(※3)超えのロングホールのティグラウンド。私たちはみなクラブのエッジでわざとボールの「赤道」を強打し、強烈なトップボールを打つ。地面すれすれに走ったボールは、風で吹き上げることもなくフェアウェイを転がっていく。そう、そうやって私たちは可能な限り距離を求めたのだった。

 セカンドショットは転がし、カットボール、ロブショット……、各人がそれぞれのテクニックを駆使して、グリーンにボールを近づける。

 運悪くグリーン周りのバンカーに入ったときはどうなるか。そのときこそ、誰もが「セベ」になるのだ。

「セベはこうやって打つんだよな」

 バンカーにボールを入れた選手は英雄扱いされるか、惨めな結果が待っているかのどちらかである。

 私は、大きくフェースを開いて、何回か素振りをした後、バンカーに下りていく。スタンスはオープンのさらにオープン、そう、ほとんど身体の正面がピンの方向を向いているといった具合だ。

 これから始まるショーをみようと、自らのプレーを止めて、みんなガヤガヤとバンカー周りに集まってくる。

 セベならできる。そう私はセベだ。本当のセベは3番アイアンだ。私は7番アイアンにすぎない。そう、できないはずがないではないか。

 7番アイアンを握った私はすでにバンカーではなく妄想の中にいる。

 テレビのエキシビジョンマッチでみたセベの見事な3番アイアンでのガードバンカーからのショットが、私の脳裏を去来する。

 私はセベのように懐深くアドレスし、眉間に眉を寄せながら、厳しい視線でカップを見つめる。狙いは決めた。アーリーコックとニーアクションを使って、砂の中にクラブヘッドを打ち下ろす。きっとボールはふわりと上がり、グリーンに落ちるはずだ。あとは、友人たちの「おーっ」というどよめきを自分の耳に響かせるだけである。

「あーっ」

 だが、私の耳に響くのは、ライバルたちの落胆の声ではなく、自分自身の叫び声であることが多かった。

 7番アイアンのエッジに当たったボールは勢いよくバンカーの砂の壁に当たると、再びいま打ったばかりの足元の砂に転がり戻ってくるのだった。そこからバンカーを脱するのにたいてい数回は要した。

 セベはやはり天才なのだ。私はレーキでバンカーの砂を慣らしながら、セベのすごさに改めて心奪われるのだった。

※1 上杉たちは、当時、新宿の戸山公園を「箱根山CC」と名付け、“草ゴルフ”をしていた
※2 上杉たちの通う中学校近くにあった、草ゴルフに適したスーパーの空き地を、そのスーパーの名にちなみ「サンコーCC」と命名
※3 上杉の中学時代、日本の距離表示はヤードではなくメートル表記

[ 第51回 終わり ]


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