上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.05.26


【第51回】
少年たちの「ワンクラブマッチ」

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(前回のあらすじ)
ジャーナリスト・上杉隆は、中学・高校・大学時代を通じて、ゴルフに夢中な青春を過ごしていた。中学・高校では「大ちゃん」「イワオ」といった友人たちと、大学では自ら立ち上げたゴルフ同好会の仲間たちと、勉強を放り投げて白球を追う日々――。それから時は流れ、2011年5月7日、少年時代のヒーロー、セベ・バレステロス死去の報を聞いた上杉の脳裏に、少年時代の思い出が甦る――。

セベの"3番アイアン伝説"を
僕らも実践した……。

 セベ・バレステロスといえば3番アイアンである。幼い頃、錆びた3番アイアンのヘッドに木の枝を挿してボールを打ったのが、セベにとってのゴルフ事始だった。

 暫くは3番アイアンのみがセベのゴルフセットであった。100ヤードも150ヤードも3番アイアンだ。低いボールは問題ない。だが高いボールを必要とする際もセベには3番アイアンしかなかった。

 極端なオープンスタンスでボールと芝の間にヘッドを滑り込ませ、スピンをかけて止める。フェアウェイでも、それがバンカーでも、実際、セベ少年はそうやって3番アイアンを駆使してゴルフを習得していったのだ。

 スペインの田舎町のセベ少年が3番アイアン一本で育ったことは、私たち極東の少年ゴルファーにも多大な影響を与えた。

 ワンクラブこそが天才ゴルファーを作る。とりわけアプローチはそうだ。一本のクラブを自由自在に使いこなしてこそ世界が見えてくる。いや日本が見えてくる、いや東京、いや新宿の仲間に勝つだけでもいい。そう、ワンクラブでの鍛錬こそライバルに競い勝つゴルフ上達の秘訣に違いない。

 単純な私たちは単純に根拠のない「神話」を信じた。信じたあとは実行のみだ。私たちはすぐにワンクラブでの戦いを始めるのだった。

「セベはすべて3番アイアンで回っていたんだって。やっぱり僕たちも3番アイアンだけでやらなくちゃダメだよなぁ」

 当時、もっともロングアイアンが上手かった大ちゃんが無謀な提案を行なった。どう考えても箱根山CC(※1)やサンコーCC(※2)のベアグランドの上で、3番アイアンのロブショットを打てるはずもない。そもそもサンドウェッジで打ってもまともに当たらないのである。

 だが、セベへの憧れは新宿の少年たちを現実から遠ざけた。また、無謀な向上心と仲間へのライバル意識が、冷静な判断力を奪った。そうして、私たち少年は決して現実にはありえない夢を見ながら、3番アイアンを握り締めるのだった。

 しかし、当然ではあるが、3番アイアンでのアプローチがうまくいったためしがない。現実を悟った私はいま考えてもきわめて妥当な提案を行なった。

「無理に3番アイアンでやる必要ないんじゃないの?」

 私の言葉を待っていたかのように、少年たちはみなそれぞれ別のアイアン、――その多くはミドルアイアンだが――に持ち替えるのだった。

「僕は3番アイアンでいくよ」

 大ちゃんだけは相変わらずストイックであった。決して信念を曲げない。だが、それは大ちゃんに大きなハンディをもたらしていた。それまで圧倒的な強豪だった大ちゃんが3番アイアンとともに心中を始めたのだ。

 正直、私たちは安堵した。ライバルはひとりでも少ないほうがいい。たとえそれが箱根山CCの遊びのマッチとしてでもだ。


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