上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.05.10


49img01a

旧軽井沢GCの11番ホールで、
30年ぶりにセベになった……。

 セベの死んだ日、同級生のひとり杉山英人(ひでと)は、ツイッター上でこうつぶやいた。

「上杉がよく高校でマネしてたスウィングじゃねーか(;_;)合掌」

 セベの死後、インターネット上にはセベへの追悼コメントが溢れた。その中にはユーチューブ動画をアップロードし、懐かしいシーンを届けてくれるものもあった。

 ヒデトはそのひとつを観て、こうつぶやいたのだった。

 旧軽井沢GCの11番ホール、打ち下ろしのドライバーショットは好都合なことに、セベに成りきっている私にとっては極めて好都合なことに右の林に飛び出し、やさしくないべアグランドに止まった。

 ライは左足下がり、グリーン方向に向かって左右を木々の枝が遮る。その隙間から、140ヤード先のバンカー越しにピンが見える。

「ピンをデッドに狙う。ここで、セベに捧げるバーディだ」

 私はひとり興奮し、横に立って微笑んでいる中井プロに宣言する。43歳の私は30年ぶりにセベになったのだ。

 アーリーコック、左腕の軽い捻転、深いトップ、左サイドからのダウンスウィングでは、頭をボールの後ろに残し、右手のヒンジを変えず、思い切って振り抜く。もちろん、ショットの後は、ボールの軌道を身体全体で眺めるようなあのフィニッシュを行なった。

 ピンに向かってまっすぐ飛んだボールはカップ手前でバイトすると、上り1.5メートルのところで止まった。

 私はセベのように軽く手を上げる。ギャラリーはフェアウェイに下りてきた小鳥たちだけだ。だが、そんなことは構わない。私の視線の先にはカップがあるのみだ。

 32インチの短いパターを握る。トウを浮かせて、カップの反対側に当ててバーディを奪った。

 握り締めたこぶしを振るようにしてガッツポーズを繰り返す。最初、奇異な目で見ていたキャディさんも笑っている。

 よかった、そう、セベは死しても世界中の人々に笑顔をもたらすのだ。

「グラシアス、セベ」

 24ホールに及ぶラウンドを終えた私は、30年ぶりにセベ中心の生活に戻ることを誓うのだった。

[ 第49回 終わり ]


前ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー