上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.04.26


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窮地に追い込まれた私を
救ってくれた一人の紳士。

 個人個人のプレーは決して遅くない。男子は当然、女子部員たちもみなドライバーでティショットを打った後、約束を守って走っている。だが、その走行距離が200ヤードではなく、約20メートルという点は明らかに計算外だった。

 ハーフで72も叩く人間が2人も入ってラウンドすれば、大抵は前の組との間が広がることになる。

「お願いします。もう、ほんとうにお願いしますよ」

 後続組からの苦情を受けて、ついにゴルフ場スタッフがコースに飛んできた。若いスタッフだろう、泣きそうな顔をしながら私に懇願する。だが、泣きたいのはこちらの方だ。

 強烈な「渋滞原因」を見つけると、私はそこに走って飛んでいき、「プレーファスト」を連呼する。だが、そのうちに「プレー」という言葉は抜け、変わって「ラン」になっていく。

 もはやゴルフ場にいながらゴルフではない。他のパーティからの想像を絶する冷たい視線を浴びながら、私は軽井沢の心地よい風の中をずっと走り続けた。

「困ります」

 ラウンドを終えてクラブハウスに戻ると、キャディマスターと思しき人物が、厳しい表情で私をみつめる。頭を下げる私にこう続けた。

「今後一切、こういうことは困りますから。ゴルフ、知っているんですよね。よく考えてくださいよ」

 もちろん、返す言葉もない。まったく持って私が悪い。うな垂れている私に、さらに言葉が続く。当然のことに、私はさらに頭を下げ続けていた。

 そこに、初老の男性がひとり近づいてきた。確か最終組の二つか、三つ後ろでラウンドしていた男性のひとりだ。

「いや、もういいでしょう。ありがとう、ありがとう、キミ。キミたちのおかげで、久しぶりにゆっくり、ラウンドすることができたよ。軽井沢の美味しい空気を吸ってな」

 まさしく神の声だった。助かった、という安堵感から身体中に再び血が巡るのがわかる。一方で、怒りの行き場を失っていたキャディマスターもまたほっとした表情を浮かべていた。

「あの、さっきは助けてもらってありがとうございました」

 駐車場で、男性がクルマに乗り込む姿を見つけて、私はもう一度お礼を述べた。

「大学生か? そうか。もっと練習しなくてはな。そう、もっとうまくなったら一緒に回ろうな」

 そう言うと、さっと手を上げてクルマに乗り込む。

「まるで、白洲次郎みたいだ。これが軽井沢のゴルフ紳士なんだ」

 まだ、白洲次郎を詳しく知らなかった私は、勝手にそう決め付けると、駐車場を出て行く男性のクルマを見送っていた。

[ 第48回 終わり ]


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