上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.04.20


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人数の多い女子部員の選考は、
至難の業だった……。

 対外戦(高経戦)の言いだしっぺである新井悟史(アライ)と同級生の沖山一郎(オッキー)も必然的にレギュラーであった。

 ウォルター・へーゲンがヒッコリーシャフトを使っているような打ち方のアライは、その見かけによらず、ボール使いの上手い選手であった。明らかに当たりそうもないトップオブスウィングから、切れのある腰の回転でボールを叩く。それはまるで踊りながら打っているようでもあった。

 アライはいつもジャージ姿で、ゴルフクラブの代わりにギターを抱えて現れた。そう、彼は自分のバンドを率いていたのだ。

「オレ、うまくない?」

 やはりミュージシャンというのは自意識が大事なのだろう。彼のゴルフの調子は楽譜の波のようにいつも激しく上下するのであった。

 オッキーはもっとも上手いレギュラー候補のひとりだった。普段はテニス部に所属し、運動神経のよさは群を抜いている。テニスのストロークでそうするように、安定した足腰の動きはきわめてゴルフ向きでもあった。

「お、わかった!」

 彼はひとりで練習し、一人でスウィングを修正していく。時たま、私のスウィングをじっと見つめて、再び自分の練習に戻っていく。

 その試行錯誤が、都留文科大学ゴルフ同好会のレギュラーの地位を奪うのに、多くの時間を必要としなかった。いや、そもそもレギュラーなどいない。よって、彼は最初にボールを打った瞬間から選抜メンバーになることが運命付けられていたのだ。

 この4人の男子部員を軸に、都留文科大学ゴルフ同好会は隆盛期を迎える。隆盛期、もちろん、それは実力ではなく数の話である。

 だが、数だけでいえば、圧倒的に多い女子部員、その中には男子を凌駕する実力の持ち主も存在した。

「選抜しなくてはならない……」

 部長としての責任感が、少しだけ、ほんの少しだけ、そうプルトニウムくらい圧し掛かった。

 多くの女子部員の中からレギュラーを選抜するのは至難の業であった。だが、時間は限られている。秋の対外戦まではそう多くの時間が残されているわけではない。

「部活といえば、合宿だ。そうだ合宿に行こう」

 ふと、私の頭に無謀な考えが浮かんだ。なにしろ当時の私は、きわめて短絡的な人物だった。それは現在の0.5倍ほどの短絡さであったはずだ。

「合宿といえば軽井沢だ。そうだ、軽井沢、行こう」

 こうしてJR東海ほどの短絡さでもって、私は軽井沢合宿を決定したのだった。

[ 第47回 終わり ]


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