上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.04.13


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25年の時を経て、新宿の少年たちの
マスターズへの夢がかなった。

 工事と事故による長い渋滞を抜け、ようやくボビージョーンズ・エクスプレスウェイの分岐点に到達したころには、どっぷりと陽も暮れていた。

 時刻は午後9時、オーガスタナショナルには夜の帳が下りている。どう考えても初日のラウンドは終わっている。そんなことはわかっているが、木曜日の私はその簡単な現実さえ受け入れることはできなかった。

 選手以外入ることのできないマグノリアレーンにヘッドライトを向ける。おそらく長時間のドライブで疲れていたのだろう、私は、ほとんど意味のない一か八かの勝負に出たのであった。

 案の定、黒人の警備員が3人、慌ててクルマの前に立ち塞がった。

「ここはダメだ」

 マスターズトーナメント開催中、招待選手以外は立ち入り禁止となっている神聖な区域がいくつかある。

 12番ホールのホーガンブリッジ、クラブハウス最上階の「カラスの巣」、そして正面ゲートに連なるこのマグノリアレーンもそのうちのひとつだ。

 3年前、初めてオーガスタを訪れたときから、私にはひとつの野望があった。それはマグノリアレーンをくぐること。ついにチャンスが訪れたのだ。闇でよく見えないマグノリアの並木に視線を向けながら、私は警備員に言った。

「もう夜じゃないか。選手もいないだろう。やっと着いたんだ。少しだけ走らせてはくれないか。なにしろ僕はこのマグノリアレーンを題材にした連載も持っているんだ」

 3人の警備員がなにやら話している。やばい、通報されるのだろうか。こんなことで勝負に出るんじゃなかった。やはりマグノリアレーンは実力で潜らなければならないのか、そんなことを思っていると、そのうちの一人がクルマに近づいてきた。

 ぐいと運転席に頭を入れる。そして私の耳元でこうささやくのであった。

「お前の言うことはよくわかった。だがな、ここは選手とメンバー以外は通れないルールになっている。プレスは6番ゲートからしか入れない。わかったかい。それじゃ、向こうに見えるクラブハウスの前までクルマを進め、そこでUターンさせてすぐに出て行ってくれ」

 白い歯を見せると、その黒人スタッフはにやりと笑った。

 ついに、私はマグノリアレーンを通ることができたのだ。少しばかり暗かったが、そんなことはお構いなしだ。

 虫の屍骸で汚れたフロントガラスの向こうにマグノリアの並木を見ながら、私は少年時代の友人たちの顔を思い浮かべていた。

 大ちゃん、ヨデブ、鈴っちゃん、イワオ、エテパン、いま震災後のあの暗い日本で、何をしているのだろう。やるせない気持ちを吹っ切るように、私は再び、あの歌を口ずさんだ、少年時代、みんなで一緒に何度も歌ったあの歌を……。

 そう、4月の第二週は、私にとってずいぶんと長い間、特別な一週間であり続けている。それは25年前のあの日、確定的になった。

 最終日のバックナインで、ジャックニクラスは猛チャージをかけていた。15番をイーグルにすると、16番でもバーディ、そして17番で短くない下りのスライスラインを決めて、46歳でのマスターズ優勝を確実にしたのだった。

 あれから25年、新宿の少年たちのマスターズへの夢は、ほとんど同じ年齢の日本人の若者たち、19歳の石川遼と松山英樹がかなえてくれた。

 30年前の4月の第二週、新宿の少年たちがブラウン管テレビに噛り付いて見続けたあのオーガスタナショナルで、10代の日本人が二人も出場して、決勝ラウンドに進み、しかも、二人ともリーダーボードにその名前を載せているではないか。

 なんということだろう。なんということだろう。

 彼らはもちろん1986年のジャック・ニクラスの大逆転劇を知らない。今大会も出場していたフレッド・カプルスの優勝も、サンディ・ライルのグリーンジャケットを引き寄せた18番のバンカーからのセカンドショットも知らないだろう。

 だが、そうしたベテランを含む多くの選手たちが、日本の大震災を心配し、二人の若者に声をかけていたのが印象的な大会だった。

 その震災についてだが、石川は、今年度の賞金総額をすべて寄付するという。また、被災地、仙台にある東北福祉大学に在籍する松山は、アマチュアとして最高の栄誉であるローアマに輝いた後の記者会見で、帰国後は災害ボランティアをする、と宣言した。

 厳しいトーナメントの中、日本への思いやりを決して忘れなかった二人には本当に頭が下がる。泥棒ゴルフを繰り返していた当時の私たち少年ゴルファーとは大違いだ。

 最後になったが、震災で犠牲になった方々にお悔やみを、いまなお困難な状況の中、被災地で暮らす多くの方々にお見舞いを申し上げたい。

[ 第46回 終わり ]


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