上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.04.13


【第46回】
復活特別版:少年たちのマスターズ賛歌

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(前回のあらすじ)
東日本大震災のため休載させていただきましたが、今回は連載復活特別版として、2011マスターズをレポートします。

テレビの出演予定をすべてキャンセルして、
私はオーガスタへ向かった!

 ジョージア州のアトランタ空港に降り立ったのは木曜日の夕刻すぎであった。レンタカーを借り、フリーウェイを東にひた走る。目的地は150マイル先の田舎町である。

 今年もオーガスタに帰ってきた。成田空港からアトランタまで12時間、さらにそこからフリーウェイを東に3時間、決して短くない旅である。だが、もちろん、それが苦になったことは一度もない。

 米国南部特有の深い日差しの中、かつて果樹園だったあのゴルフ場の丘陵に吹く青い風、眺めているだけで香り放つような高い松の木々、色彩鮮やかに咲き乱れる躑躅の花――。

 今年もあの美しい濃緑の芝の上を歩けるのかと想うと、自然、アクセルを踏む右足に力が入る。

 だが実は今年、私はオーガスタを訪れることを半ば諦めるほどて難しい状況の中にあった。

 3月11日に発生した東日本大震災、直後に起きた原発の放射能漏れ事故などを受け、連日連夜、取材のために家にも帰れない状況が続いていたからだ。

 それはほとんど24時間体制であった。きっとネタであるがツイッター上では、#uesug_nero(ウエスギ寝ろ)のハッシュタグもできた。実際、自由報道協会として、ラジオ特別番組や海外メディアからの取材がひっきりなしに入り、このコラムもしばらく休止せざるを得なかったほどだ。

 場合によっては、出場を躊躇した松山英樹くんもこんな心境だったかもしれない。行くべきか、留まるべきか、それが問題だったのだ。

 結局、私はテレビ、ラジオなどの出演予定をすべてキャンセルし、一部の雑誌連載をやめて、いつもよりもずっと遅い木曜日には、オーガスタに向かっていた。

 一度決めれば、もはや私の行く手を遮るものは何もない。あの恍惚とするオーガスタナショナルの夕暮れのフェアウェイを見られるのも間もなくだろう。

 カーラジオから流れるディキシージャズにマツダ車のハンドルも軽い。私は身体をスウィングさせながら、さらにアクセルを強く踏む。

 ラジオに飽きたらボリュームを下げて、あの歌を口ずさめばいい、そう、少年時代からこの時期になると繰り返し歌っていたあの歌を――。

<そう、TBSのテレビ中継で耳に焼付いたデイブ・ロギンスの「Augasta」>

 だが、音楽においても、ゴルフにおいても、必ずしも物事が順調であり続けるとは限らない。その日、ドライブ中の運転席の私もまた同様であった。

 すでに始まっている初日のラウンドに向けて、好調だったドライブは突如、終焉を告げた。フリーウェイ前方の工事中の看板の先に、長く連なる車列が認められたのだった。すぐにそれが地平線まで続いていることを確認する。そう、そこはまだオーガスタの町まで100マイル以上もある地点の出来事だった。


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