上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.03.08


【第45回】
ロマンチックな、独裁者

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(前回のあらすじ)
1980年代、ジャーナリスト・上杉隆はゴルフに夢中な大学生だった。ドライブの途中に見つけた山中湖ホテルのパターコースの芝の美しさに魅せられて、住み込みのアルバイトを始める傍ら、上杉はゴルフができる環境を求めて、大学でゴルフ同好会も設立。毎日をゴルフに捧げる青春を過ごしていた――。

対外試合が決まり、同好会の
堅苦しい名称を変更した。

 朝、湖面から湧き上がった靄が一面に起ち込めている。

 雪を戴いた富士の山頂に、最初の朝日が照らされる。地球の自転とともに山中湖の村にも陽が差し込め、しだいに空を明るくしていく。

 その射光はホテルの庭にも到達し、露に濡れた緑の芝生を一層輝かす。

 いつものように私はパターと2、3のボールを持って社員寮を出る。まだ朝靄は晴れていない。だが、それも消えるだろう。静寂の中、ボールを転がして孤独な練習をスタートさせる。

 1ホール目、カップインして眼下の湖を振り返る。すると、ボールの転がった痕と自分の足跡が認められた。さらに振り返り、顔を上げれば、雄大な富士が迫ってくる。

 なんという幸せだろう。そして、なんというロマンチストだろう。

 そう、私にも純粋な頃はあったのだ。このように、私の大学生活の前半は、孤独ではありながら、詩的な時間とともにあった。

「高経戦に出ようぜ」

 最も仲のよかった同級生の新井悟史からこんな提案があったのは3年生の春頃だったと記憶している。

 すでに2学年下の新入部員も加入し、「ゴルフ同好会」の活動は活発になっていた。細々ながらも、10人ちょっとのサークルとして発足した「都留文科大学ゴルフ同好会」は、その時点で40人を超える部員を抱えていた。

 対外試合という目標が見えて、俄然やる気になってきた。

「高経戦」とは、群馬県の公立大学である高崎経済大学との都留文科大学の交流戦のことだ。

 1年に1回、サッカー部や野球部などの運動部のみならず、茶道部などの文化部、そしてサークルごとの対抗戦を総合的に行なう伝統的な大学間交流戦のことである。

 都留文科大学は女子学生が圧倒的に多い。一方の高崎経済大学は男子学生ばかりだ。その交流戦の設定自体に無理があるのだが、半ばお祭り気分である。勝負はあまり気にせず、交互にお互いの大学を訪問しあい、友好関係を暖めてきた。

「ゴルフならばハンディもある。レディスティもある。高経戦にエントリーしようぜ」

 群馬出身の新井の提案である。きっと相手のことも十分知り尽くし、戦略があっての発言なのだろう。それに、対抗戦は同好会メンバーの士気を高める絶好のチャンスでもある。私はすぐに承諾した。

 だが、すぐにわかったことがある。実は、新井には何の戦略も、何の勝算もなかったのだ。しかも、本人自身にゴルフの実力がなかった。つまり、思い付きだったのだ。

 だが、当時の私はロマンチストであり、短絡家でもあった。半年後の秋に開催される「高経戦」に向けて、あっという間に「勝利の方程式」を整えた。

――強化部員募集、持続可能な練習場の確保、特訓合宿、メンバー選抜、練習ラウンド、本番、そして勝利の美酒に酔う懇親会でのスピーチの内容……。

 私は、一瞬にして半年後の未来を夢想し、自分勝手なスケジュールを組み立てた。

 決断すれば後は行動あるのみである。

 まずは堅苦しい「都留文科大学ゴルフ同好会」という名称変更だ。もはやこの時点で、部長でありキャプテンである私の独裁体制は揺るぎのないものになっていた。

 当時の決定権限からすれば、ベン・アリやムバラク、いやカダフィすら及ばなかっただろう。よって、同好会の名前は私が勝手に考え、勝手に決めて、勝手に発表することになったのである。

 部室代わりに使っていた本校舎二階の教室に急遽集まってもらった部員の前で、私は名称の発表を行なった。黒板に書き付ける。

「ロイヤル&エインシェント・セントアンドリュース・ゴルフクラブ&ザ・ニュース・オブ・都留」

 もはや何をする団体か分からない。しかし私はひとり満足に浸っていた。

 なにしろ、偉大なゴルフの総本山、スコットランドのロイヤル&エインシェントの名を(勝手に)戴き、聖地セントアンドリュースの名前を(無断で)使用し、しかも当時、よく聴いていたヒューイ・ルイスのバックバンドの名前(ザ・ニュース)まで含んでいるのだ。

 長ったらしい名前を黒板に書きつけ、誇らしげに振り返ると、メンバーはみな「?」という表情を浮かべている。

 そこで、私は前段二つの名称の由来を詳しく説明し、それがどれほど素晴らしいものなのか懇々と説いたのだった。

 ただ、最後の「ザ・ニュース」についての説明は「なんとなく」ということで誤魔化していたことをいま初めて白状する。当時の部員には、同好会の私物化について、この場を借りてお詫びする。

[ 第45回 終わり ]


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