上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.02.24


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富士屋ホテルのフロントに
アルバイトを直談判……。

 高級ホテルの玄関は近づくだけで人を緊張させるものだ。とりわけ、まったくコネもない学生の私にとって、富士屋ホテルの玄関の圧迫感はなおさらであった。

「お願いがあるんですが?」

 私は緊張しながらもホテル玄関をくぐり、フロントに立っている男性に声を掛けた。

「あの庭のパターコースで働かせてほしいのですが」

「少し、お待ちください」

 さすが富士屋ホテルである。応対が早い。ラウンジのソファに腰を下ろして待っていると、恰幅のいいブレザー姿の初老の男性がやってきた。

「おう、ゴルフコースで働きたいんだって。グリーンキーパー志望か? それともキャディかい?」

 富士屋ホテルは、箱根の仙石コースを筆頭に、勝沼ゴルフコース、三島ゴルフコースなど、富士山周辺に3つのゴルフ場を持ち、それぞれ経営したり、運営委託を受けていた。

 山中湖ホテルの卜部さんも、実はその仙石コースのコース管理人のひとりである。合間をみて、山中湖ホテルのパターコースの管理業務を行なっていた。

 道理で、目の覚めるような美しい芝を維持することができるはずだ。

 さて、話を戻そう。恰幅のいい初老の男性はに対して、私は思い切ってこう切り出した。

「あそこで練習させてほしいのですが。その代わりに雑草抜きでもなんでもします。できたらパターコースでアルバイトさせてほしいのですが」

 私がここまで述べると、初老の男性は大笑いして、こう言った。

「ダメ、ダメ。富士屋ホテルは、アルバイトは採らない方針なんだよ」

 やはり、そうか。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。なにしろゴルフの真髄はあきらめないことにある。

「では、他の仕事でもかまいません。清掃でも、ベッドメーキングでも、皿洗いでもなんでもやります。いや、給料も要りません。その代わりゴルフの練習をさせてほしいのです」

 その初老の男性はじっと私の顔を見つめている。そして「よし、ついて来い」とだけ言うと、階段を上っていった。

 彼の背中を追う。そして部屋の入口に到着した。ふと見るとそこにはこう書いてあった。

「支配人室 入室の際にはノックをすること」

 初老の男性、譲原尚行氏は山中湖ホテルの支配人だったのだ。

[ 第43回 終わり ]


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