上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.02.24


【第43回】
前略、富士屋ホテル様―

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(前回のあらすじ)
1980年代、ジャーナリスト・上杉隆は中学・高校時代をゴルフに捧げたひとりの少年ゴルファーだった。高校卒業後、山梨の都留文科大学に進んだ上杉は、大学にゴルフ部はおろか、ゴルフサークルもないことに衝撃を受け、すぐさまゴルフ同好会設立へ奔走。集まったゴルフ未経験の女子ばかりの会員たちと、建設会社の私設練習場での活動が始まった。が――。

山中湖畔をドライブ中に
"ホームコース"と出会った。

 「ここを遊び場にしてもらっちゃ困る。隣の事務所では、従業員が仕事をしているんだ。朝から夕まで、黄色い声でピーチクパーチクやられちゃたまらんよ。よく考えてくれよ」

 小俣社長の雷が落ちた日、私は肩を落としながら山中湖に戻ると、しばらく練習場の使用を自粛しようと決めた。

 無料で使わせてもらっているうえに、迷惑を掛けてしまっては申し訳が立たない。

 しばらくは一人でゴルフをしよう。思えばちょうどよい機会だ。ゴルフ同好会を作ったおかげで他人へのレッスンばかり、自分の練習時間が減ってしまっていたのだ。

 かつてのように、私は山中湖畔での生活に戻っていった。

 そういえば、富士屋ホテル(山中湖ホテル)で働くことになったのも、実はゴルフがきっかけだった。

 大学入学後まもなく、私はよく富士五湖周辺にドライブに出かけたものだった。とりわけ空が大きく開け、大陸的な雰囲気を漂わせている山中湖が好きだった。

 ある日、その山中湖畔をクルマで走っていると、ふと美しい緑の芝生が視界に入る。白亜の壁にエンジ色の屋根が映える洒脱な北欧調のホテルが建っている。その手前には緑の庭が広がり、それは道路を越えて、湖岸まで敷地を延ばしていた。

「あ、ゴルフ場!」

 いったい誰のクルマに乗っていたか思い出せない。ただ、思わずそう叫んだ私は、クルマを止めてもらうと、すかさず緑の庭に向かって駆け出した。

 見事に手入れの行き届いたその庭の芝は、紛れもなくゴルフ場のそれだった。

「山中湖ホテルパターゴルフ」

 それが、その後、私のホームコースとなるパターコースとの出会いだった。

 ホテル駐車場の入口の小さな小屋の前に、頭の禿げ上がった作業着姿の男が立っている。

 遠慮がちに近づくと、その男性の方から切り出してきた。

「ん、何人? いまなら空いているよ」

「いえ、プレーするわけじゃないんです」

〈パター・ボール代込みひとり1500円〉

 立て掛けてある看板の文字を見ながら、私は答え、思い切って尋ねてみた。

「あの~、ここでアルバイトを募集してませんか?」

 意外な言葉だったのだろうか、その男性、卜部さんは、私の言葉を聞くと、少し考えるような仕草をして、なだらかの丘の上の白亜の建物を指差した。

「それは僕に言われても分からないよ。あそこに建物が見えるだろう。あれがホテルだ。アルバイトならあっちの方で聞いてくれないか? 僕はこのゴルフコースのグリーンキーパーだから関係ないんだよ」

 どうも意味が伝わっていないようだ。私はもう一度繰り返した。

「あの~、このパターコースでアルバイトしたいのですが?」

 卜部さんは、「ここで!?」と言った後、びっくりしたような顔をして私を見ている。

「雑草抜きでもなんでもします。週一回でもかまわないので雇ってほしいんです」

 卜部さんは笑いながらこう語った。

「いや、たぶんね。ここは人手はいらないと思うよ。でも、まぁ、せっかくだからフロントに行ってみたらいい」


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