上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.01.18


【第38回】
僕らは、ゴルフがあったから。

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(前回のあらすじ)
1980年代、ジャーナリスト・上杉隆はゴルフに夢中な高校生だった。中学時代からの仲間であるイワオ、ヨデブ、大ちゃん、鈴っちゃん、エテパンといった個性的な面々と彼は、新宿・戸山公園の「箱根山CC」、地元スーパー脇の空き地の「サンコーGC」といった、勝手に名づけた“ゴルフ場”で腕を磨き、たまのラウンドを夢見る日々を送っていた、が――。

「ゴルフ紳士」15人が集まる
 オーストラリア合宿に参加。

 オーストラリアにやってきた。日本ゴルフツアー機構副会長の諸星裕氏のケアンズの別宅にやってきた。

 南半球は真夏。連日30度を超す猛暑の中、諸星氏はお馴染みの真っ黒い顔をさらに真っ黒にして、ゴルフに励んでいる。

 諸星氏、通称・諸さんは「とくダネ!」(フジテレビ)のレギュラーコメンテーター仲間だった。といっても諸さんは11年、私は2年、キャリアは格段の差がある。

 ただ、二人とも、まったく同じ理由で番組を降板しているところに私は勝手に親近感を覚えていた。

「ゴルフのために――」

 そう、諸さんは驚くほどのゴルフ狂なのだ。それが嵩じてJGTO、あるいはJGAの委員として、マスターズ委員会やR&Aなどの会議にも出席している。

 おそらくゴルフで人生を謳歌している日本人の代表格のひとりだろう。そう、だからテレビ画面に映る諸さんはいつも真っ黒に日焼けしているのだ。

 ケアンズにいるのは諸さん一人ではない。15人の男たちが集まり、別邸に隣接するパラダイスパームスCCで腕前を競っている。72歳の伝(伝二)さんも、69歳の平(平八郎)さんも、朝から晩までゴルフクラブを振っている。

 なんということだろう――。1日2ラウンド、36ホール、年末からやってきている諸さんは、16日間連続で30ラウンドをこなしてしまった。なんということだろう――。さらに帰国翌日からも、同じ仲間と日本でのラウンドの約束があるという。

 なんという愛すべきゴルフ紳士たち。誰一人、体調を崩さず、弱音も吐かない。そう、42歳、最年少の私を除いては――。

 朝は7時に1番ティに立つ。コースは別邸に隣接しているので、1分もかからない。

 不思議な色彩のインコは競うようにさえずり、白いオウムは朝日にその羽を輝かせて上空を舞っている。ワラビーの子供たちはフェアウェイを勢いよく横切り、青く輝く蝶はパームツリーをかすめて舞っている。突き抜ける青い空、聳え立つユーカリの枝が風にそよいでいる。その風は赤道から南太平洋を走ってきた北風にもかかわらず涼しい。

 果たしてここは楽園だろうか。

 その楽園の中、昼までに18ホールを終えた男たちは、コース横の別邸でランチを済ませると、再びコースに戻って次の18ホールを目指す。

 いや、別邸に戻るという表現は正しくないかもしれない。諸さんたちには、家ではなく「ゴルフ場に戻る」という表現の方がしっくりくるだろう。

 現地のオーストラリア人ですら「クレイジー」とあきれている。諸さんは自宅脇に現れたニシキヘビにびっくりしていたが、私はその行動力にもっと驚いていた。

 正月明け4日、日本での仕事を終えて一番最後に到着した私だが、わずか3日間6ラウンドで体調を崩してしまったほどだ。

 驚くのは64歳の諸さんだけではない。とくに驚くのは、69歳の平さん、72歳の伝さんのふたりである。全豪のコアラも木から落ちるような勢いで、次々とショットを放ち、平気な顔をして2ラウンドをこなしてくる。

 しかも、彼らは平気で70台をたたき出し、帰宅後は全員の分の夕食つくりまで担っている。必ずしも尋常ではないその体力と精神力を持つ「ゴルフ紳士たち」だが、それだけで驚いてはいけない。じつは、2ラウンド終了後、コース脇の練習場に行って次の日のためのスウィング調整を行うというのだ。

 そうだ、昨夜も一番若い64歳の諸さんは、セラーからワインを引っ張り出して、ゴルフ談義のみならず、テレビコメンテーター時代の逸話やら、高尚な大学改革論を酒の肴にして、深夜まで朗々と語っていた。その間、パバロッティの声をバックに舌を巻くような見事な声を披露する。そう、じつは諸さん、プロのカントリー歌手でもあるのだ。

 眠くなった者から各自勝手にベッドに戻っていく。夢見るのはきょうのラウンドか、明日のショットか――。

 これが愛すべき「ゴルフ紳士たち」の、ケアンズでの合宿風景である。


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