上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2011.01.11


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夕暮れの河川敷のショートコース、
初ラウンドで流した涙……。

 思えば、私の初ラウンドは「ヨデブ」と出掛けた二人だけのラウンドだった。

 中学2年生の冬、まだ太陽の昇らない未明のうちから、私とヨデブは多摩川沿いの9ホールの河川敷コースを目指した。

 駅からは相当の距離を歩いたと思う。一番乗りを信じていた私たちは、クラブハウス前の長蛇の列を見て、焦ったものだった。

「午後3時過ぎのスタート。その時間になったら戻ってきて」

 ゴルフ場の係員にそういわれた時、時刻はまだ午前6時であった。スタートまで9時間もある。大人たちは到着順の予約だけをしにきたのだろう。スタート時間を確認すると次々にクルマに乗り込み、再び家路についている。

 だが、遠く新宿からやってきた私とヨデブに帰宅という選択はありえない。しかたなく、私たちは人気のない河川敷を探して、素振りをしたり、小さくアプローチを繰り返していたのだった。

 ろくに芝の生えていないベアグラウンドからのアプローチはお手の物だった。私たちはそれまでその種のアプローチを、箱根山CCやサンコーGCでさんざん練習し、鍛えてきたのだ。

 雑草と雑草の間に挟まったボールは、半ばトップさせて打てば、必ず脱出できることも学んだ。

 逆に、雑草の上に乗ってしまったボールは、クラブが下を潜らないようにデリケートにヒットすることも知った。

 私とヨデブはスタート時間が来るまで、ひたすらクラブを振って待ったのだった。

 午後3時少し前、ようやく私たちのスタート時間である。硬い人工芝のティグラウンドに直接ボールを置く。すぐ近くに見えるグリーンに向かってアイアンを思いっきり振った。

 ショットの結果は二人とも同じだった。最初グリーンに向かって低く飛び出したボールは、急激にカーブした瞬間、フェアウェイの右サイドに転がっていくのだった。

 その夕刻、私たちのショットはほとんどこんな感じだった。

 唯一ドライバーを使えるパー4のホールがやってきた。私のショットは低いスライスとなり、フェアウェイの右サイドに転がった。

 すでにあたりは薄暗くなっている。キズの目立つ私の中古ボールは、少しだけ左足上がりのライに止まっている。私は頭を残すことだけ考えて、7番アイアンで強く叩いた。

 その日一番の快心のショットだった。ボールはグリーン手前から転がり、カップの先50センチのところに止まった。

 グリーンに向かう私は激しい胸の動悸を抑えることができなかった。そのパットを沈めればもちろんバーディである。多摩川に架かる橋を走るクルマもヘッドライトをつけている。

 私はそれまでにないほど緊張して、人生初のバーディパットに臨んだ。

「あっ」

 ほとんど打ったと同時に、私は声を出してしまった。

 傷だらけの中古ボールは、まるでカップに落ちるのを嫌うかのように、グリーン上を転がって、そして打ったときと同じくらいの距離を残して静かに止まったのだった。

 その瞬間、なぜか私の目には涙が溢れてきた。それが、情けなさのためだったのか、悔し涙だったのか、いまでも分からない。ただ、呆然としながら打った返しのパットも外し、そのホールをボギーとしたことだけは鮮明に覚えている。

 帰路、私は無口だった。あの7番アイアンでのショットと、その後のパッティングのことを何度も思い返し、落ち込んでいたのだった。

「あれ、いいショットだったじゃん」

 電車の中で、暗い窓の外を眺めて黙っている私に、ヨデブがこう言った。

「あのショットができるなら、またバーディチャンスは来るよ」

 9ホールのショートコースだったが、こうして私の初ラウンドは終わった。

[ 第37回 終わり ]


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