上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.12.21


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寒風の中、僕らは高田馬場駅から
池袋方面の始発電車に乗り込んだ。

 冬の朝のゴルフは厳しくもあり、美しくもあった。

 太陽の昇る前の暗いうちに私たち少年ゴルファーは高田馬場駅前の「甘栗太郎」前に集合した。

 重いキャディバッグを担いで、すでにその待ち合わせ場所まで2キロメートルは歩いている。凍えそうな寒風の中、ようやく駅に着くもまだ駅のシャッターは開いていない。

 前夜から飲み続けたであろう大学生たちが、駅前ロータリーの噴水ベンチ(当時)を占拠して、なにやら大声を出している。

 その喧騒の中、待ちきれない私たちはキャディバッグからウェッジを抜いて、路上での素振りを始める。

 早稲田通りの坂の上の東の空が徐々に白んでいく頃、ようやく駅のシャッターが開く。

 私たちは酔っ払いの学生たちと一緒に並んで切符を買い、少しでも暖を取るため、始発電車の到着まで構内で待機している。

 新宿・渋谷方面行きの始発が先に到着し、作業着の男たちが大量に改札口から吐き出されてくる。駅裏で人夫探しの職を探す日雇い労働者の群れだ。彼らと入れ違うように、ホームへの階段を上り、池袋方面行きの外回り始発を待つ。

 もちろん、その間もホームの上では、数時間後のラウンドに向けて、入念な準備が繰り返されている。私たちの手にはウェッジが握られたまま、中にはグローブまでしている者もいる。それは大抵私であったが……。

 キャディバッグを肩から下ろし、ホームの白線に沿ってアドレスし、酔っ払いの大学生にぶつからないように強振する。

〈ガッ!〉

 時折、鈍く強い音とともにホーム上に火花が散る。驚く酔っ払いの大学生たちを尻目に、私たちは始発電車がホームに滑り込んでくるまで「練習」を繰り返した。

 山手線に乗ると、私たちは大抵同じ行動に移ったものだった。

 それは車内が空いているときでも、満員電車のときでも変わらない。私たちは常に、山手線ではつり革を両手で掴るという習慣を持っていたのであった。

 しかも、その手は必ずインターロッキング、もしくはオーバーラッピングで握られていた。そう、少年老い易く――、私たちは時間を無駄にしない少年ゴルファーだったのだ。

 時折、つり革を握れない場所に立つことを余儀なくされると、私たちは仕方なしに冷たいスチール製の手すりに手を伸ばす。つり革よりもずっと太い銀の棒でももちろんグリップは忘れない。

 さらに車内では私たちは全員、同じスタイルで立っていた。両足を肩幅にまで広げ、進行方向に向かって平行に立ち、両脚の太ももの内側に力を入れて、ベン・ホーガンのごとく不動のまま、目的地まで耐えるのだった。

 赤羽駅に着くとそこからは通常クラブバスに乗る。だが、到着の早い私たち少年ゴルファーの乗れるバスはその時刻にはまだ発車していない。

 そこで、私たちは再びトレーニングを始めることになる。そう、キャディバッグを担いで、赤羽ゴルフ倶楽部までランニングをするのであった。

 未だ顔を覗かせない太陽が、東の空に浮かんだ雲の下方を紫色に染める。狭い歩道を走る少年たちの口から白い息が漏れる。赤羽駅では寒さに身を縮めていた私たちも、古めかしい赤羽ゴルフ倶楽部の門をくぐる頃には、すっかり体も温まり、シャツの内側に汗を滲ませるほどになる。

 息を切らせながらクラブハウスに到着する。早々に私たちはキャディバッグを玄関脇に置き、ウェッジとボールだけ抜いてハウス裏側に建物を迂回して走る。

 そして、道路向かいの荒川堤防の土手の急斜面を思いっきり駆け上がり、刺すような寒風を顔面に受けながら、薄暗いゴルフコースを眺める。

 河川敷はすべて真白である。バンカーにもグリーンにも霜が下り、その輪郭を白い世界の中に溶け込ませている。

 太陽はまだ昇ってこない。少年たちは土手の上からゴルフコースを眺めている。

 なんという美しさだろう――。

 私たちは絶句し、ほとんど恍惚としながら、立ちすくんでいる。

 そして、ふと我に返ると、手に握ったウェッジとボールで土手の上でのアプローチ練習を始めるのだった。

 一番ホールは逆光だ。東の空から昇った太陽に向かって打っていく。

 セカンドショット、私たちはほとんど凍った地面に向かってアイアンを振り下ろすことになる。

 いくら山手線の車内で鍛えたグリップといえども、凍った地面にはかなわない。

 大きくダフった「ヨデブ」が盛んに手首をさすっている。次にその悲劇を目撃した「鈴っちゃん」は別の悲劇に見舞われた。

 ダフりを恐れるあまりに左手を引いてインパクトし、ボールの頭を叩いてしまったのだ。今度は、鈴っちゃんが痺れる手を抑えながら顔を歪めている。

 まさに戦場のような状態だ。そうした中、飄々としながら「イワオ」が完璧なショットを放った。逆光の中、ボールが高々と上がり、ピンに向かってまっすぐ飛んでいった。

 グリーンに落下する。その時だった。

〈コーン!〉

 予期せぬ音ともにグリーンに落ちたはずのボールが、再び空に向かって跳び上がったのだ。

 唖然とする「イワオ」――。その様子を見た私は、迷うことなく、120メートル先の白く美しいグリーンに向かって、ランニングでのアプローチショットを選択するのであった。

 それは太陽が昇り、その柔らかい光が凍ったグリーンを溶かすまで続けられるのであった。

 ゴルフ場を買った新井氏が、まず最初にやったことはジュニア大会の開催である。いまや全国大会を開くまでになったローズベイカントリークラブでのジュニア競技は多くのプロを育ててきた。

 なぜ、まったくカネにもならない赤字だらけのジュニア大会開催を続けているのか。新井氏にそう尋ねると、いつものようにこう即答した。

「これからの日本のゴルフ界を背負っていくジュニアを応援するのは当たり前!」

 さすが新井隆司氏、プレーも速いが目の付け所も速いのだ。

[ 第36回 終わり ]


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