上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.12.21


【第36回】
僕らの、冬ゴルフ。

36img01a
(前回のあらすじ)
1980年代、ジャーナリスト・上杉隆はゴルフに夢中な高校生だった。中学時代からの仲間であるイワオ、ヨデブ、大ちゃん、鈴っちゃん、エテパンといった個性的な面々と彼は、めったにできないラウンドのためにバイトで稼ぎ、学校で、家の近所で、道端で、素振りに精を出す日々を送っていた。お金はない、クルマもない、会員権もない、しかしゴルフを愛する心は誰にも負けない彼らを中心とした、これは「青春ゴルフノンフィクション」だ!

数年ぶりにビックカメラ相談役、
新井隆司氏とラウンドした。

  「Play fast!」

 最近はどのゴルフ場に行っても、白洲次郎直筆のこの標語を掲げたポスターが貼ってある。

 白洲次郎がどれほど紳士的で、かつプレーが速かったかどうかということはここでは敢えて問わない。全国数万人の白洲ファンの夢を壊すのは私の仕事ではないからだ。

 だが、ゴルフにおいてプレーの速いに越したことはないのは確かである。スロープレーが害悪であることに異論の余地はない。

 同伴競技者のみならず後続組にも影響を与える。クラブハウス内の食堂係や、日本ならば風呂清掃のスタッフの帰宅時間さえ遅くなってしまうだろう。

 さらには日の短い冬場だったら、夕方のラウンドを待っている研修生にも影響を与える。スロープレーのおかげで練習時間が減り、将来のスタープレーヤーを生み出すチャンスを奪っている可能性さえあるのだ。

 つまり、ひとりの心無いゴルファーのスロープレーが、日本のゴルフ界全体に悪影響を及ぼしているのだ。

 ここまで大胆に言い切ってしまったのには理由がある。私たちのジュニア時代、練習ラウンドではショットとショットの間は「走ること」が義務化されていたからに他ならない。よく考えてみれば、それは却ってマナー違反であるように思うが、まぁ、当時のJGAのジュニア冷遇政策からすれば常識だったのだろう。

 JGAがかつてどれほどジュニア育成に力を入れてきたかどうかということに関しても、ここでは敢えて問わない。わずか数十人のJGA幹部に喧嘩を売る予定は、今年に限ればまだないからだ(12月20日現在)。

 さて、そんな「play fast!」だが、私の会ったゴルファーの中で最速といえば、文句なくこの人である。

 新井隆司ビックカメラ相談役――。

 なにより決断が速い。仕事面でも携帯電話片手にバシバシ商談をまとめる。一緒にいる社員はたまったものではないだろう。即決即断、まさに新井氏のためにあるような言葉である。

 先週末、その新井氏と数年ぶりにラウンドした。場所は群馬県のローズベイカントリークラブ。78年には日本女子オープンの開催された名門コースである。

「午前7時集合!」

 前の晩、新井氏からそう聞いた私は、同伴競技者の女子プロらとともに間違いなく7時にコースに到着したはずだった。

 だが、その時刻、すでに新井氏は準備万端で私たちを待っている。

「やはり、あの超高速ラウンドの習慣は変わってないのだ」

 私は内心そうつぶやきながら、数年前のラウンドを思い出していた。

 当時、18ホールを三人でラウンドして、費やした時間は1時間40分だった。ハーフではない。1ラウンドの時間である。

この朝も、準備の整った者から次々と駆け足で一番ホールからスタートさせる。身体の芯から凍えるような寒気の中、昇ったばかりの太陽に向かって打っていく。打った後はダッシュである。まるでジュニア時代に戻ったようなゴルフだ。

「遅い! お先に!」

 新井氏はハーフを1時間ちょっとで回るペースの決して遅くない前の組をどんどん追い抜いていく。一緒にラウンドした女子プロもあまりのスピードにさすがに笑ってしまっている。よかった、楽しそうで……。なによりだ。いや、大丈夫か。

 その新井氏はすべてにおいて決断が速い。そもそもゴルフを始めたときのエピソードも常人の理解をはるかに超えている。もう8年以上も前のことだ。新井氏と初めてゴルフをした時、私はこう尋ねたものだった。

上杉「新井さんのホームコースはどこですか?」

新井「ないよ」

上杉「そうですか。ではパブリックで」

 その後、驚愕の回答が待っていた。

新井「いや、ゴルフを始めてすぐ、これは面白いと思ったんだ。でも、日本だと丸一日つぶれてしまう。それならば好きなときにプレーできるようにと買うことにしたんだ、ゴルフ場を」

 会員権ではない。Play fastのためにゴルフ場ひとつ丸ごと買ってしまうのだ。けちな白洲次郎とは大違いである。いや白洲次郎のことはどうでもいい。

 そんな新井氏だからキャディからは評判がいい。なぜならすべて自分でやってしまうからだ。ドライバーショットの後は、セカンドショット用のクラブを持ってカートを運転し、同伴競技者の分まで届ける。アプローチもしかり、パターもしかり、キャディのやる前にすべて新井氏がやっている。

 さらに、目土、雑草抜き、時には麦わら防止を被って自らコース整備まで行なってしまう。

 この冬の朝も、まだ太陽の出る前に一番最初にコースに来て、ラウンドの準備をしていたのは新井氏であった。


次ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー