上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.11.23


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永田町に向かったはずの私のクルマは
飯能GCを目指していた……。

 ところが、イワオは違っていた。そう、完全に戦闘モードに入っていたのだ。

「このガキ!」

 イワオがものすごい勢いで走り出す。小学生たちもボールを放り投げて、散り散りに逃げ回る。しかし、あえなく「主犯格」はイワオによって身柄を確保された。

 その直後、私たちは恐ろしい凶行を目の当たりにするのだった。

 あろうことか、イワオは手にしたバターヘッドを小学生の背中に振り下ろしたのだ。

〈ゴン〉

 鈍い音ともに小学生が背中を抑えて呻く。笑っていた私たちもすぐに止めに入った。すぐに釈放された「主犯格」の小学生は、仲間のところに走って逃げると、「バーカ!」と大声を出して、階段を掛け上げって行った。

「ガキめ!」

 怒りの収まらないイワオは、まだ叫んでいる。その代わりに、鈴っちゃんとヨデブが小学生たちに向かって「ごめんなぁ」と言っている。

 イワオは黙ってボールを戻すと、カップの反対側に当てる強気のパッティングでバーディを決めた。そして、小学生たちの所作に対して、まだぶつぶつ言っているのだった。

 イワオはゴルフになるとまったく別人になる高校生だったのだ。幸いなことにその集中力は常にゴルフで活かされた。

 普段は学校でも物静かで、放課後はひとり自宅でお茶を飲んでいるイワオが、ゴルフになるといきなり性格を急変させる。

 とくにショットの際はいかなる人物の邪魔も許さないといった有様だった。

 そのイワオは、当時で言えばニクラスに似ていた。スウィングも集中力も、そしてゴルフに対する姿勢も真剣そのものだった。

 スウィングだけでいえばジム・フュ―リック、あるいはまた田村尚之のそれに近い。天性の球扱いで、競技ゴルフにもっとも向いている少年のひとりであった。

 実際、イワオは、仲間のうちでただひとり全国高校ゴルフ選手権(緑の甲子園)に出場している。ひとりだけゴルフ部のある高校に進んでいたのだ。

 練習ラウンドの翌日、田村が5アンダーで単独首位に飛び出すと、俄然、三度目の優勝が視野に入ってきた。

 そして、2日目、OBでダボを叩きながらも首位タイをキープし最終日を迎える。

 国会では、参院予算委員会の集中審議が開かれている。朝9時、永田町に向かったはずの私のクルマは、なぜか霞ヶ関で首都高に乗り、そのまま埼玉県飯能市に向かった。

 バックナインに入った段階で6アンダーまで伸ばしていた田村は、その時点で2位に5打差をつけていた。国内でも珍しい芝「エース1」を使う飯能GCの高速グリーンでは、信じがたいスコアである。

 16番ホールのティグラウンドでその田村とすれ違った。

「いや~、今夜はどこに呑みに行こうかな~」

 なんという緊張感の欠如。とても日本ミッドアマというビッグタイトルを目前にしたゴルファーの言動とは思えない。

 仮に優勝すれば来年の日本オープン出場の切符が手に入るのだ。果たしてそのことを自覚しているのだろうか。

「上杉さん、いま何時ですか? 2時? まだ酒を呑むには早い時間ですかね~」

 時刻を確認するよりも、現在自分の置かれている立場を確認してほしいものだ。

 そう心の中で思った途端、次の17番ホールでバーディを奪って7アンダーに伸ばした。もはや優勝は確定的になっている。

 なんというゴルファーだろう。ショットのときだけ集中力を発揮すればいいという、見事な省エネスタイルだ。

 10分後、田村は最終ホールをパーで上がり、3日間通算7アンダーパー、自身3度目の日本ミッドアマのタイトルを奪取したのだ。

 46歳、私たちアマチュアの星は日本オープン出場の切符を早々と手に入れたのだった。

[ 第32回 終わり ]


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