上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.11.23


【第32回】
ニクラスvs小学生!?

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(前回のあらすじ)
1980年代、ジャーナリスト・上杉隆はゴルフに夢中な高校生だった。中学時代からの仲間であるイワオ、ヨデブ、大ちゃん、鈴っちゃん、エテパンといった個性的な面々と彼は、ビルの谷間にあったパター練習場「新宿パターGC」で腕を磨いては、めったに行けない本番のラウンドを夢見る日々を送っていた。お金はない、クルマもない、会員権もない、しかしゴルフを愛する心は誰にも負けない彼らを中心とした、これは「青春ゴルフノンフィクション」だ!

ゴルフになると別人になる
カリスマゴルファー・イワオ。

 飯能ゴルフクラブにやってきた。日本ミッドアマ選手権の指定練習日だ。いよいよ、競技ゴルフへの復活を果たす時がやってきたのだ。

 ともにラウンドするのは田村尚之選手。日本アマ21年連続出場、日本ミッドアマ2連覇、広島県オープン優勝、世界アマ、全英アマ出場など、世界中のアマチュア選手権で活躍する46歳の中年サラリーマンである。

 飯能ゴルフクラブに到着した。圏央道・日高狭山インターチェンジから3分、名門コースらしく門構えも重厚だ。胸が高鳴り、腕も鳴る。

 日本中から集まったトップアマたちがパッティンググリーンでボールを転がしている姿が目に入った。明日からの大会を前にして、すでにクラブハウスには緊張感が漂っている。

「チョイス」の編集者が私を見つけて近寄ってきた。早速、インタビュー取材だろうか。

「なんで上杉さんがいるんですか?」

 不思議なことを言うものだ。ここはゴルフ場である。ゴルフをプレーしに決まっているではないか。

「練習ラウンドは選手だけですよ」

 驚いた。そうなのか。私は予選を通過していないどころか、予選にも出ていない。

 どうしよう。半ば残念な感じで佇んでいると、飯能GCの安達義一支配人が優しい一言を掛けてくれた。

「上杉さんの記事は読んでいますよ。今回は特別にラウンド取材ということで」

 ありがたい。私は「競技ゴルフ」から一転、「取材ゴルフ」に変更しトップアマとともに50周年を迎える伝統の飯能GCを堪能してみることにした。

 翌日から開催される日本ミッドアマは30歳以上の社会人アマチュアが日本一を決める大会である。今回で15回を数えるが、そのレベルの高さは実際にラウンドしてみれば嫌というほど実感できる。

 なにしろ一緒にラウンドしたトップアマ(榎本剛之・明治大学ゴルフ部監督)のドライバーショットはことごとく私のボールをアウトドライブし、アイアンショット、アプローチ、パッティングともに太刀打ちできないほどの正確さなのだ。

 それにしても、田村氏のゴルフは突き抜けている。かつて「週刊ゴルフダイジェスト」でともに仕事をしたパートナーとは思えないカリスマ性を帯びている。

 私たち少年ゴルファーの中のカリスマといえば、間違いなくイワオであった。

 ゴルフを始めた年齢がもっとも若く、球扱いも巧かった。ゴルフへの集中度も高く、いち早く技術的な革新を実践していたのだった。

 特徴的なフライングエルボーから繰り出されるショットは、驚くほど高い弾道でグリーンを捉えた。他の5人の少年がどんなに逆C型フィニッシュで対抗しようとも、イワオの高弾道に適う者はいなかった。

 イワオの集中力は群を抜いていた。河川敷だろうが、工事現場だろうが、いったんアドレスに入ると目の前のボールしか目に入らない。そして文字通り危険なショットで通行人の上空を飛び越し、目的の場所に球を落とすことを平気でやってのけるのだった。

 いつものように新宿パターGCでは激しい戦いが繰り広げられていた。これまたいつものように優勝争いに残っていたイワオは、長いアプローチパットを寄せて、悠然と20ヤード先のカップに向かい歩きはじめていた。

 その日は休日。新宿住友広場には親子連れや近所の小学生たちがたくさん集い、思い思いに遊んでいた。そうした小学生たちのひとりがいましがた打たれたばかりのイワオのボールに近づいていく。危険な兆候であった。

「おい! おい!」

 イワオが怒鳴る。小学生たちはその声を嘲笑うようにさらにボールに近づく。

「おい、触るなよ!」

 いつもは冷静なイワオだがゴルフになると人格が変わる。ましてや優勝争いをしている重要な場面である。さらに声を張り上げて小学生たちを叱っている。そのときであった。ひとりの少年がイワオのボールを拾い上げたのだった。

「おい、ガキ! 触るなって言ってんだろ!」

 小学生にムキになって怒鳴っているイワオに、私たちは大笑いした。


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