上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.11.02


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ネルソン、スニード、ホーガン……、
しかし私が憧れたのはベンチュリーだった。

 バイロン・ネルソンの写真からは、その美しいニーアクションから放たれる力強いボールを想像できた。その美しくも力強いスウィングは私たちを魅了し、常に膝の高さが一定の動作は完璧な手本となった。

 サム・スニードの幾分プル気味に打ち抜くドライバーショットの連続写真も私の心を捉えた。頭の上に載せた鳥打帽(ハンティング帽)が微動だにせず、見事に回転したトップの腰の位置には大いなる影響を与えられた。

 そしてなんといっても、ベン・ホーガンの力強いインパクト写真にはいつも目を見張ったものだった。ダウンスウィングでコックが解けず、インパクトの直前まで手首が直角になっているホーガンの打ち方を、どうにか模倣しようとみな必死に手首を柔らかくしたものだった。

 ジーン・リトラーの機械のようなスウィングの連続写真も私たちを惹きつけるに十分のものであった。バイロン・ネルソンのそれと違って、インパクトの直後に左脚をピンと伸ばすリトラーのフォロースルーは、一羽の鶴が静かに立っているフィニッシュを演じているようだった。

 だが、少年時代、連続写真がもたらす往年のプレーヤーの中で、私が最も惚れたスウィングはケン・ベンチュリーのそれだった。

 一見するとホーガンのようであったが、有無を言わせぬ美しいスウィングのリズムはネルソンのようでもあった。私は自分のスウィングが、ベンチュリーのそれに近づく日が来ることをいつも夢想していた。

 新宿の落合ゴルフ練習場の待合室。私たちはボール拾いのため、終業時刻を待っている間中、雑誌の連続写真を見ながら、お互いのスウィングチェックを怠らなかった。

 ちょうど「チョイス」が創刊され、PGAツアーのトッププロたちの連続写真が頻繁に掲載されていた頃だ。イワオも、ヨデブも、エテパンもその日のお気に入りの選手の写真を見ながら、夜のガラスに自身を映してのシャドースウィングを繰り返したものだった。

 その中で、私はなぜか引退した40年代、50年代のオールドプレーヤーたちにばかり心を奪われていた。とりわけ、ホーガンとネルソンの長所を合わせたようなベンチュリーの完璧なスウィングに強い憧れを抱いたものだった。

 あたかもクラブを鞭のようにしならせながら静かなインパクトを迎える。その独特のリズムを得るために繰り返しシャドースウィングを繰り返した。

 ところが、実際のところ、それを真似するのは至難の技であった。なにより連続写真だけで、実際に動く映像を見たことがない。本当はリズムもなにもわからないのだ。

 それでも私は、ベンチュリーのスウィングを手本とし続けた。きっとなにかの雑誌で読んだ一言が未熟なジュニアゴルファーの潜在意識の中に植えつけられたのだろう。

〈世界一美しいスウィングの持ち主 ケン・ベンチュリー〉

 そのベンチュリーが自身の師匠であるネルソンと、さらには憧れのホーガンと対決した奇跡の日が、「ザ・ゴルフマッチ」に綴られている。

 正直なところ、私はしばらくケン・ベンチュリーの名前を忘れていた。その理由は「ザ・ゴルフマッチ」の中でマーク・フロストが回答してくれている。

 美しいスウィングのゴルファーが必ずしも強いとは限らないのであろう。文字を追いながら、私は少年時代に自分が目指していたライバルの存在を重ね合わせていた。

 大ちゃんのスウィング――。

 私の最初の目標は、天性の美しさを持った大ちゃんのスウィングだった。そういえば、あのスウィングを持ちながら大ちゃんはプロになれなかったのか。

 そんなことを夢想している間に、飛行機はロサンゼルス空港上空に達していた。私は本を閉じて窓の外を眺める。海岸線に点在するゴルフコースが目に飛び込んできた。

[ 第29回 終わり ]


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