上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.10.26


28img01b

憧れのジョージローが賞品の
後楽園球場のパタートーナメント。

 ある日の放課後、イワオが耳寄りの情報を持ってきた。その週末に、近所の後楽園球場で「ゴルフ感謝祭」が開かれるというのだ。  そこでは、好きなだけボールを打てるばかりか、プロによる無料レッスンもあるという。

 なにより無料である。私たち少年ゴルファーは迷うことなく、週末の後楽園球場行きを決めた。

 当時の後楽園球場では、野球のシーズンオフになると、野外コンサートやスーパーカーショーなどの各種イベントが催されていた。

 とはいえ、無料というのはそれほど多くない。公園などでの泥棒ゴルフを繰り返している私たちがその機会を逃すはずもない。当時の私たちにとっては、大手を振って参加できる稀な機会であったのだった。

 各メーカーのクラブを無料で打てるという夢のような体験をした後、私たちは「パタートーナメント」の開かれるコーナーを見つけた。

 まだ屋根のない後楽園球場のど真ん中、そこでは参加者が数十メートルのロングパットを行い、カップとの距離の近さで順位を決めるというトーナメント方式のイベントを行っていた。

 もちろん、カップインすれば次に進める。日ごろ、新宿パターで鍛えた少年たちが燃えるのは当然であった。賞品の陳列している受付の横で、私たち少年は、急いで大人たちの行列の最後尾に並んだ。

 上位賞品を眺めているうちに、私の目は、第2位のそれに釘付けになった。そこには、ジャック・ニクラス仕様のジョージロー型のパターが飾ってあるではないか。

 地元・高田馬場のビッグボックスのゴルフショップで何度も試打したものの、あまりに高級で単なる憧れになっていた「贅沢品」である。そんな夢のような代物がいまや手に届く場所にあるのだ。

 ラグジュアリージャーナリストを自称する現在ならばまだしも、当時の価格で5万円のそれは夢のまた夢であった。

 だが、その日の私は違っていた。なにしろ人工芝のグリーンは「ホームコース」の新宿パターで慣れ親しんでいる。大人たちに負ける気がしない。

 そう、私はもはやひとりのジャック・ニクラスであったのだ。多くのギャラリーの見守る中、私は次々とロングパットを決めた。そしてついに決勝の5人に残ったのであった。

 中学生はただひとり。そもそも当時のゴルフイベントは子供が出掛けるような場所ではなかったのだ。

 決勝の直前、司会者がマイクで紹介をはじめる。私の年齢が告げられると、場内に拍手が沸き起こった。舞台下で見ているヨデブやイワオからの声援が飛ぶ。

「おーい、がんばれよ~。優勝はフルセットだぞ」

 そうした声の中で、私はまったく違うことを考えていた。ジョージローのパター、それは優勝ではなく2位の賞品だったのだ。 そして、最後の戦いが始まった。

 ストロークは完璧だった。硬い人工芝の上を転がったボールはカップに向かう。友が見守る中、カップを舐めたボールはその淵できれいに止まった。

 目標の2位。私は半ば感動しながら、賞品の受け取りの瞬間を待った。プレゼンテーターで、イベントゲストの海老原清治プロからパターを渡される。信じられないことにそのまま個人レッスンが始まった。

 ハンドダウンになりすぎている構えを修正され、さらにグリップを少しだけハンドファーストに直された。それで3球、海老原プロの教えどおりにパッティングをした。

 すべてのボールがカップにぶつかり、勢いよく跳ね上がった。

 海老原プロが笑う。緊張のあまり、その間、私はプロから掛けられた言葉をほとんど覚えていない。唯一、最後の一言だけ記憶している。

「いい素質を持っているよ。自信を持っていいぞ」

 ――いい素質。

 その言葉を心の中で反芻し、私は海老原プロから受け取ったパターを抱えて、舞台から降りた。

 憧れのマグレガー製のジョージローのパター。集まってきた仲間たちとともにまじまじと見つめた。

「すげー」

「いいなー」

 羨望の中、私はヘッドの後ろを見た。そこにはジャック・ニクラスのサインが刻印されていた。

[ 第28回 終わり ]


前ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー