上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.10.19


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「ジャック・イズ・バック!」がこだました
 忘れられないニクラスの優勝シーン

 さて、私は、自分の同級生たちが自宅で麻雀に興じる姿を横目に、いつもゴルフのことばかり考えていた。

 そして1986年4月、いつものように第2週がやってきた。

 私は、珍しく自宅にいた。それは、マスターズ中継を見たいがためだけに、早朝からテレビの前に噛り付いていたからであった。TBSに、あの心を奪う美しいメロディが流れた途端、私の心は米国ジョージア州にまで飛んでいった。

「あのテーマソングが流れる前に、なんか別のリズミカルな音が流れていたんだよな。あれが期待をさらに高めるんだよな~」

 こう語るのは現在の大ちゃんだ。確かにマスターズのあの美しいテーマソングの前に、そんな歌があったかもしれない。

 だが、なんといっても私にとってはデイブ・ロギンスの歌う「オーガスタ」こそ、人生最高の一曲であった。

 この年もこの美しいテーマソングを口ずさみ、マグノリアレーンをくぐる夢を思い描き、いつかは自分も18番ホールの坂道を上がってくるんだという妄想の中を漂いながら、私はテレビの前に恍惚として座っていた。

 最終日のバックナイン、セベ・バレステロスが15番ロングホールで池に入れ、グレッグ・ノーマンがボギーで後退すると、画面に映ってきたのは46歳のジャック・ニクラスだった。

 ニクラスがアーメンコーナーをアンダーパーで抜けて、バーディを積み上げていることを知ると、私は俄然、興奮してきた。

 私は別の部屋から古いラジカセを運んできて、テレビの前にセットした。そして、それが自らの義務であるかのように、ラジカセのコードをテレビの出力孔に差し込み、録音を開始したのだった。

 ホールごとにニクラスを応援する音声が大きくなる。となりの部屋で、父らと麻雀に興じている大ちゃんも、さすがに気が気でないようだ。

「ジャック・イズ・バック! ジャック・イズ・バック!」

 パトロンたちの大歓声は、テレビを通じても、はるか極東のゴルフ少年のもとに届く。

 そしてニクラスは、池の美しい名物16番ショートホールにやってきた。

 いつものように長いワッグルを繰り返し、彼特有のチンバックののち、低く大きなアークを描いた。パトロンたちの静まり返る中、ニクラスのアイアンがボールを叩く音が響き渡り、水面はるか上空に白球が舞い上がった。

 次の瞬間、ボールはピン手前30センチに落下し、同時に、テレビの音声が大歓声のために割れてしまうのであった。

 このスーパーショットでバーディを奪ったニクラスは次の17番ホールでも魅せた。

 左ラフからのセカンドショットをピン上につけたニクラスには、難しい下りのスライスラインが残った。この時点で一位タイ。優勝のためにはなんとしてもバーディの3が必要であった。

 ニクラスは背中を丸めた独特のパッティングスタイルで、そっとボールをラインに乗せた。ゆっくりと傾斜を転がったボールがカップに吸い込まれる。その瞬間、パターを持った左手を高々と天に突き上げた。バックナインに入って6つ目のバーディとなった。

 テレビの前で録音中の私の全身には鳥肌が立っていた。隣の部屋で麻雀をしている父のことも忘れて、つい歓喜の声を上げた。

 そして、私の瞳からは、なぜか涙が落ちていたのだった。

 その後、しばらく私は、ニクラスが最年長優勝を決めたポーズを何度も真似たものだった。もちろん、音の割れたカセットテープを繰り返し、繰り返し、再生しながら……。

 そう、それはちょうど、私が18歳のときのことであった。

[ 第27回 終わり ]


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