上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.10.05


【第25回】
都電荒川線ゴルフ練習場

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(前回のあらすじ)
時代は昭和。街にはチンチン電車が走り、大都会。新宿もまだまだ人情の残る街だった。1980年代初頭――ジャーナリスト・上杉隆は、当時としては珍しい“少年ゴルファー”だった。これは、同じくゴルフを愛する仲間たちや、暴走族の“コバ”といった同級生たちが織り成す、「青春ゴルフノンフィクション」だ――。

神田川に架かる高戸橋までの1キロ、
僕はチンチン電車と勝負した。

 早稲田、面影橋、学習院下、鬼子母神前――。

 昭和の香りを色濃く残す都電荒川線。〝チンチン電車"として親しまれてきた下町庶民の足はいまなお健在だ。

 平均速度13.8キロメートル。遅い。現代ではあまりに遅い乗り物だ。

 自転車ならば必ず勝てる速さだ。いや猛ダッシュならば、人間の脚でも勝利は可能だ。実際、少年時代、私は友人たちとたびたび都電競争を行なったものだった。

 一車両だけの丸みを帯びた「長方形」がゴトゴトと線路を鳴らし、早稲田駅を離れ始める。それがスタートの合図だった。

「よしっ!」

 カバンを掛けたまま、並走を始める。起動加速度3キロメートルから徐々にスピードを上げる「長方形」。遅いといってもさすがに直線では私たちを抜いていく。

 ゴールは神田川に架かる高戸橋の交差点だ。距離1キロメートル。途中、面影橋で停まっている都電を追い抜き、学習院下のカーブで勝敗が決する。

 車窓から乗客たちがこちらを見ている。全力疾走の疲れで足がもつれ、バタバタと走っている私たちに視線が集まる。

「勝った!」

 肩で息をしながら、鬼子母神方面に坂を上っていく都電を見送る。背景には池袋の「サンシャイン60」の巨大な影が見える。なんと、すがすがしい勝利だろう。

 だが、思えば、少しも競う必要はない。いったいなんのための「勝負」だったのか。中学時代の私は何を求めていたのか。

いや、そこに結果を求めてはいけない。そうだ、なにより、そんな本を出版したばかりではないか。

『結果を求めない生き方 上杉流脱力仕事術』(アスコム)。

 なんと、全国の書店で好評発売中だ。以上、宣伝を終了する。

 その都電通り、面影橋駅の前に「大ちゃん」の家はあった。三階建てのビル、一階は喫茶店になっている。自宅裏には神田川が流れ、その間に遊歩道が走っている。

 深夜、都電の終電近くの時刻になると、大ちゃんと私は、その遊歩道でいつも待ち合わせをしたものだった。

 神田川沿いの街灯が二人の少年を仄かに照らす。実は、その遊歩道こそ、大ちゃんと私の秘密の特訓場であったのだ。


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