上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.09.14


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「コバ」のマナー違反に
仲間たちの決断は……

 「打たない。まだ打たない…」

 東京・西新宿、新宿パターGC。すでに最下位の決定している鈴っちゃんのパッティングを待ちながら、「イワオ」が、半ば呆れながら私につぶやいてきた。

 ランガーを尊敬していた鈴っちゃんだが、そのプレイスタイルはまさしくランガーそのものであった。

「おい、ヒデ(鈴っちゃん)、早く打てよ。陽が暮れちゃうよ」

 夏休みを利用して帰京、久しぶりに「新宿パターGC」での本格的な「トーナメント」に参加していた大ちゃんも、パターに寄りかかりながらこう大声を出している。

 だが、鈴っちゃんのスタイルは不変だ。次のホールでも、長考に入ってしまった鈴っちゃんに対して、プレーの早い「ヨデブ」がつぶやいた。

「おい、あいつ寝てんじゃないか」

 新宿パターGCならばまだいいだろう。問題は、赤羽ゴルフ倶楽部などでの「トーナメント」でそうしたスロープレーに直面した時だ。それは即、死活問題に発展するのだった。

「おい、早く打てよ」

 私たち少年ゴルファーはすでに朝から2ラウンド半をこなしていた。さすがに陽の長い夏といえどもそろそろ限界が近づいてきた。コース整備のスタッフが早く仕事を済ませたくて、こちらの様子を盛んにうかがっている。

 いったん会計を済ませ、再びコースに戻ってきた私たちだが、あと9ホールを回るためにはわずか1時間の猶予しかなかった。ボールからボールまでは、基本、ダッシュである。

 だが、「走行ゴルフ」ならば、お手のものである。高校時代、私はゴルフのために陸上部に所属し、アルバイト先まで毎晩ランニングを繰り返し、なにより「泥棒ゴルフ」で鍛えてきたのだ。伊達に走りこんできたわけではないのだ。

 ところが、それもスロープレーの前にはひとたまりもなかった。どんなに急いでも「鈴っちゃん」、そして、さらに長いアドレスの「エテパン」の番がやってくれば、私たちの努力は水泡と化すのであった。

 夕闇の迫る河川敷を走り、ボールの横で立ち止まって友のショットを待っている間、まさか私は、地球の自転を実感できるとは思わなかった。

「エテパン」がボールの前で構える。サンディ・ライルのように、上下に揺れるアドレスからようやくショットが放たれる。その間、鉄橋前の列車は、端から端まで走り抜けてその姿を消していた。

 約2分30秒――。テレビ中継ならば間違いなく視聴者を失ったことだろう。

 だが、それでも「鈴っちゃん」や「エテパン」は私たち少年ゴルファーの貴重な仲間であることに変わりはなかった。なぜなら、二人がゴルフを愛するあまり、慎重になってしまう癖があることを知っていたからだ。

 だが、当時の私たちはゴルフというスポーツに甘えていたのかもしれない。

 ある日のこと、久しぶりに「コバ」が赤羽ゴルフ倶楽部に現れた。中学の途中で、私たちゴルフ仲間から離脱し、暴走族入り、「新宿統慎」の総長として暴れた後、数回の補導を経て、またゴルフの世界に戻ってきたのだ。

 私たちはコバを歓迎した。ゴルフならば、コバの更正を助けることになるかもしれない。

 ところが、集団暴走行為を繰り返し、暴走族のリーダーと激しい生活を送っていた「コバ」はすっかりその性格まで変わってしまっていた。

 グリーンを歩けばスパイクの痕を残し、フェアウェイのターフはそのまま、クラブで地面を叩き、しまいにはパターを池にぶち込んでしまうのだった。

 コバの後を付いて、スパイク痕を直し、ターフを埋め、いちいち小言を繰っていた私ではあったが、なぜか、その時は「コバ」の破天荒なマナー違反を一緒になって笑ってしまっていた。

 私はまだ若かった。コバの働く狼藉ぶりを深刻に受け止めていなかったのだ。確かに、心の中で、ゴルフの精神を冒涜しているコバのそうした行為に不快感を覚えていたことは間違いなかった。

 だが、それを強く表明することはできなかった。なによりコバは中学入学時から最も仲のよい一人で、二人で旅行に行ったり、家族づきあいをしていたほどの親友だったのである。

 つまり、所詮、自分も根っこの部分でコバと同じであり、感性が麻痺していたのだ。

 だが、もっともゴルフを愛していた「大ちゃん」と「鈴っちゃん」は違った。コバのそうした行為を心から忌み嫌っていた。そして、露骨にその怒りをあらわにしていた。

 私はその様子をみて、ようやく我に返った。そして、二度と「コバ」をゴルフに誘わないと決め、その旨を本人に伝えたのだった。

 ゴルフ仲間からの追放を宣告されたコバは、一瞬驚いたような表情を見せたあと、悲しみとも怒りともしれないような顔で私を睨んだ。

「あ~、あ~、わかったよ、お前らとはもうゴルフに行かねえよ。行かなければいいんだろ、行かなければ」

 その後、再び「コバ」は、「元の世界」に戻ってしまった。

[ 第22回 終わり ]


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