上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.08.31


【第20回】
新宿は「パー100」のホールだった

上杉隆 連載コラム
(前回のあらすじ)
ジャーナリスト・上杉隆は80年代、ゴルフに夢中な高校生だった。大都会・新宿の片隅を舞台に、ときに大人たちに怒られながらクラブを振り回す日々。これは、「ヨデブ」「鈴っちゃん」「イワオ」「エテ」「大ちゃん」といったゴルフで固く結ばれた仲間と上杉が織り成す、青春ゴルフノンフィクションだ――。

近所迷惑な少年たちが
年々歳々集う夏の終わり

 夏の終わり、今年も恒例のバーベキュー大会が開かれた。場所は東京・高田馬場、早稲田通り沿いのマルシメ文具店の屋上だ。

 中学時代の同級生の作った草野球チームが、新宿区軟式野球連盟の大会で準優勝を決めたのだ。

 かつては筆者も所属していた野球チームだ。結果に満足した同級生たちは、高田馬場のど真ん中、熱帯夜の星空の下で酒宴を催している。筆者が駆けつけると、花火まで打ち上げるハシャギ振りである。まったくもって近所迷惑である。

 だが、その面々を見れば、筋金入りの近所迷惑者たちの集まりであることに気づく。そう、酔っているうちの3人は、約25年前、爆音とともに明治通りを疾駆し、集団で道路を占拠していた元暴走族であった。

 また別の4人は、早朝・深夜を問わず、近所の公園でクラブを振り回し、民家にゴルフボールを打ち込んだりしてきた同じく迷惑者である。

 他も似たような者、人間歳を取っても変わらないのだろう。

 とはいえ「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」、というだけあって、それぞれが家族連れになったり、家族を失ったり、人生に大きな変化があったのは確かなようだ。だが、その夜、共通の思い出だけは変わることなく語られるのだった。

 屋上の柵から、早稲田通りを見下ろしている「ヨデブ」が私に話しかけてきた。

「ウエスギ、覚えている? そこの太陽神戸三井銀行(現ツタヤ)のあった場所から、早稲田松竹の前を抜けて、二丁目交差点に向けてのドッグレッグ、パー4。アイアンのフルショットはさすがに危ないから、ウェッジとパターで打ってたよな……」

 確かに覚えている。早朝か日曜日、クルマと人が少ない時刻を見計らって、私たちはその早稲田通りで練習したものだった。

 当たり前ではあるが、アスファルトの上からのショットは決して簡単ではなかった。しかも、人波の途切れ、クルマの通過する間隙をつくのだから、さらにショットの難度は増す。ゴルフボールの弾み方も計算できない。大きく弾むこともあれば、ガードレールに当たって歩道沿いの店舗のシャッターを直撃することもあった。また駐車中のクルマの下に潜りこんでロストボールになることもあった。

 いずれにしろ、早稲田通りは、危険、かつ難易度の高いゴルフ練習場であった。

「新宿パターの帰り路のパー100、あのホールとかは覚えている?」

 懐かしくも危険なゴルフを思い出している私の横で、さらに「ヨデブ」がこう続けた。パー100――。確かに、そんなこともあったような気がする。


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