上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.08.24


上杉隆 連載コラム

高校時代、「新宿パター」に
ガールフレンドを連れていった。

 夏はまだ良かった。暑さに堪えられなくなれば、地下の三角街のガラスのドアを押せば、クーラーの効いた空間が待っていた。そこで汗が引くのを待って、再び「コース」に戻ればいいからだ。

 夜は、問題はなかった。涼風がビルの谷間を抜け、私たち少年ゴルファーに最高の環境を提供してくれた。

 問題は冬だった。真冬の強烈なビル風は私たちを吹き飛ばさんばかりの勢いであった。実際、静止しているボールが勝手に動きだすことなどしばしばであった。

 しかし、そうした寒風吹きすさぶ時でも、私たち少年の姿は常にそこにあった。

パットを決める上杉隆
※パットを決める筆者と、それを見守る“コイック”。
このポーズが、ジャック・ニクラスの真似であることは言うまでもない。

「コイック」が持ってきた、まだ新製品だった「ホカロン」を、みんなで使い回ししながら、手先を暖めることもあった。私と鈴っちゃんはロングコートを着込み、軍手を嵌めたままパッティングしたものだった。「エテパン」は、耳当てとスキー用のゴーグルを着用していた。それは決して大げさな格好ではなかった。

 ある冬の日のこと、朝から舞う雪は夕方まで降り続き、そして、ふと止んだ。澄んだ冬空には星と月が輝き始めている。私たちは躊躇なく自転車に乗って、歌舞伎町のネオンの横を突き抜けた。

 ビル明かりに照らされた新宿パターの人工芝の上にはまだ雪が残っている。私たちは気にせずにパターでボールを転がし始めた。

 一メートルも転がる前に、ボールは雪をまとって膨れ上がり、最後はゴロンと横に倒れた。

「これ無理じゃないか」

「パッティングになんないよ」

 口々にそう言いながらも、それでも、私たちは戦いを望んだ。寒風が少しずつ雪を吹き飛ばし始める。しばらくすれば、人工芝の表面も現れるだろう。

 だが、私たち少年はそれすら待てなかった。自分たちのパターを雪掻きの代わりにすると、グリーンの整備を始めるのだった。そうやって再びボールを転がし始めた。

 しかし、それでもしばらくすると、指先が悴(かじか)んでパターを握れないくらいになる。すると私たちは暖房の効いた住友ビルの中に緊急避難をしたものだった。

 新宿パターでの私たちの戦いは、きわめて真剣であった。いったんプレーが始まれば、途中で終わることはない。何時になろうと、新宿の危険な夜が迫ってこようと、私たちは屈せず、プレーを続けたものだった。

 高校時代、一度だけ私はガールフレンドをその新宿パターに連れて行ったことがあった。

 ライバルたちに紹介し、最初、一緒にゴルフボールを転がして遊んでいた。じき、人数が集まりだすと、いつものように「トーナメント」が始まる。

 遠慮がちな彼女は、「ギャラリー」として冷たいレンガのベンチで観戦する道を選んだ。男たちの戦いに、入ることを恐れたのか。いや、単にゴルフに興味がなかったのだ。

 だが、陽はまだあるとはいえ冬の日の観戦はかなりの試練だったはずだ。だが、我慢強いその娘は寒さに耐えながらも、迫る門限の時刻を告げることもせずに、ずっと試合を見ていた。

 試合終了。2アンダーで私とイワオが並んだ。プレーオフである。さすがにこれ以上は付き合えないと、彼女が告げる。

 私は悩んだ。イワオとの戦いを放棄して彼女を新宿駅まで送るか、あるいは歌舞伎町での仕事が入っている鈴っちゃんかコイックに彼女の送りを託すか。

 私は意を決して彼女の方に近づくと、こう囁いた。

「ごめんね、友だちが駅まで送ってってくれるから」

 その言葉を聴いた途端、彼女はひとりで、新宿駅の方に向かって走りだした。まだ、夜の新宿が危険な頃である。

 その夜、私はプレーオフでゲームを失うと同時に、もっと大事な何かを失ったのだった。
[ 第19回 終わり ]


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