上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.08.17


上杉隆 連載コラム

工場の灯りが柳の木々を照らす中、
真夏の夜のトーナメントが始まる。

 さて、「ルール」の確認が済めば、いよいよと真夏の夜のトーナメントの始まりだ。

 スタートは12番ロング、土手の近く、ひらけた練習場の横に向かっての、いきなり人目につきやすい危険なホールであった。

 ホール正面の練習場の先には戸田橋が架かっている。国道17号線を走る車のヘッドライト、その手前の鉄橋に京浜東北線が走っている。ティショットの狙いはその橋のたもとあたりだ。

「イワオ」の高弾道の5番アイアンが夜の闇の中に消えていく。私たちはみなその横で目を瞠(ひら)き、耳を澄ます。着地寸前、戸田橋の灯に、僅かに反射したボールを視力のいい「ヨデブ」が捉える。フェアウェイど真ん中、ナイスショットである。

 次は「エテパン」だ。7番アイアンのフルショット、少し乾いた音がした。おそらくカット気味に入ったのだろう、ボールの行方は可視できない。私たち耳を澄まし、ボールの着地音にのみ神経を集中させる。

「右。ラフ」

 目を瞑っていた私が小声でつぶやく。繰り返しの「泥棒ゴルフ」で私たちの耳はいやおうなく研ぎ澄まされていた。夏の終わりになれば、クラブフェースに当たった音、落下したボールの着地音で、大体の位置を判別できるようになっていたのだ。

 若干硬い音は「フェアウェイ」、軟らかい音は「ラフ」、そしてほとんど「無音」はバンカーだ。左右の位置は、ティグラウンドのどちらかに立って、頭を垂れて耳を澄ます。こうすると不思議とフェアウェイのどちらのサイドに落ちたか判ったものだった。

 戸田橋に平行している次の13番のミドルは、もっとも明るいホールだった。橋の街灯がホール全体を照らしている。

 私のショットは7番アイアン、故意にトップさせて飛距離を稼ぐ。これがワンクラブマッチでの私の正しいティショットの打ち方だ。

 2打目はグリーンまで100メートル弱(当時はメートル表示)。グリーン手前のバンカーを避けるように、フェースを開いてカット気味にボールを擦り上げる。

 ショット前のイメージでは、ボールは美しい弧を描き、グリーンの芝を噛むはずだ。だが実際にそうなった例はほとんどない。

 その代わりにトップしたボールがグリーン手前のバンカーに突き刺さり、さらなる困難なショットを余儀なくされる。7番アイアンのフェースを思いっきり開き、ほとんど真横を走る戸田橋の方を向いてアドレスし、バンカーからの脱出を図るのだ。

 次の14番ミドルは、夜の赤羽ゴルフ場で、最も美しいホールである。

 右に弧を描くこのホールの左側には荒川が流れている。その対岸からは工場の光が漏れ、ホールに並ぶ柳の木々を照らしている。川面を走ってきた涼風がその柳の木を揺らす。24時間消えることのない工場の灯りに、月光が重なれば、もはや言うことはない。

 私たち高校生ゴルファーは、静かにティショットを放ち、月の光の中を黙々と歩いていく。次に工場の光を頼りにセカンドショットを放つ。そしてまた風を頬に受けながら、フェアウェイを歩き出す。きっとその表情は恍惚に彩られていたことだろう。

 ふと目を凝らすと、グリーンの横に人影がある。そして今しがた打った私たちのボールに手を差し伸べている。コースの管理人か、あるいは単なる散歩の人か、ただその時刻にその場所にいることだけで私たちは即座に判断を下した。

 無言で踵を返すと、一斉に駆け出した。手元の7番アイアンがまるでリレーの「バトン」に変わったような疾走ぶりである。

 そして、猛然と土手を駆け上り、それぞれバイクと自転車に跨る。こうして涼しいはずの夜のラウンドは、汗とともに終わるのだった。
[ 第18回 終わり ]


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