上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.08.03


上杉隆 連載コラム

高原のキャディバイト4日目、
ついに独り立ちの日が来た……。

 最初の3日間、先輩キャディに付いた。キャリア10年以上のベテラン女性キャディから、OBの位置、まむしの出る危険な沢、グリーンのアンジュレーションを学び、ボールの拭き方、クラブの磨き方、「フォアー」の声の出し方を教えてもらった。

 さすがにベテランである。お客さんであるゴルファーが失敗するたびに叱っている人もいる。

1984年当時のルーデンスCC
※1984年当時のルーデンスCC

 4日目、いきなりの独り立ちだった。パーティはスリーサムの古いメンバー。頭を下げて挨拶をする。キャディマスターが「新人です。きょうが初めてなんで、いろいろ教えてやってください」と声をかける。

 ベテラン女性キャディが、控え室から出てきて、「がんばってね~、上杉くん」と送り出す。だが、1ホール目からいきなりピンチだ。

「ねぇ、キャディくん。ここから、何メートル?」(当時はメートル表示)

「ええっと……」

「100メートルだろ。そこに小さな植木がある。よく覚えておけ!」

「これどっちに曲がるの?」

「ええっと、右か、左か、あれ?」

「ばかっ、当たり前だろ。真っすぐに曲がるとは言わねえだろ、このグリーンは真っすぐだよ。覚えておけ!」

 キャディが教えてもらいながらラウンドする。奇妙なラウンドはこうして始まった。

 途中で大ちゃんとすれ違う。

「タカシー、お~い、大丈夫かー」

 大丈夫なはずがない。思えば、生まれてこの方、キャディ付でラウンドすらしたことがないのだ。そもそもキャディの仕事を理解していないのである。

 こうなったらとにかくできることを全力でやるしかない。

 誰かがドライバーショットを林の中に打ち込めば、全力で走る。だが、時にそれは無駄なダッシュとなった。

「おーい、君ー、止まれ。三つともボールはフェアウェイだぞ」

 カートをすばやく次のホールに回す。濡れタオルを持って全力でグリーンに向かう。さぁ、ボールを綺麗に磨こう。

「おい、君、パターは?」

 こうして散々なデビューは終わった。キャディマスター室に到着する。意気消沈しながら、メンバーの三人にお詫びして一足先に寮に戻る。

 その後の練習ラウンドどころではない。その日の恥ずかしいラウンドを振り返りながら、部屋でルールブックを読んでいると、先輩キャディたちが戻ってきた。口々に「どうだった」と聞くが、もう何も言えなくて・・・…夏である。

 大ちゃんが戻ってきた。みんなと、近所の食堂にご飯を食べに行こうと盛んに誘う。そんな気分にはなれない、と断るがしつこい。

 半ば強制的につれられていくと、すでに研修生たちの宴会は始まっていた。

 いきなり、大ちゃんが自らの「失敗談」を暴露し始める。そこに突っ込みを入れる別の先輩たち、さらに自分の「失敗談」を暴露して、攻撃に晒されてしまっている者もいる。

 みんなで笑い合っている姿をみて、私も釣られて笑ってしまった。その時、一番遅れてやってきたキャディマスターが叫んだ。

「きょうのメシ代は、俺が払う!」

「おおっ!」

「よーし、いいぞ!」

小さな店に歓声が沸く。それに応えるように、彼は立ち上がってこう言った。

「じつは俺の金じゃない。今日、ウエスギがついたメンバーさんら3人が、さっきのあの高校生にチップをやってくれって置いていったんだ」

 キャディマスターの手には一万円札が握られていた。

 私の高校一年生の夏休みはこうして始まった。
[ 第17回 終わり ]


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