上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.07.05


上杉隆 連載コラム

夜の黙にターフを飛ばす
僕らの"ビッグイベントゴルフ"。

 最後のお客さんが打ち終わると、私たちは防寒用の軍手をはめてトンボを転がす。建物の隙間から吹き荒ぶ夜風が体温を奪い、つま先まで冷え込んでくる。アルバイトとはいえ、激しい雨が降ったり、雪がチラついた冬の夜などにはさらに厳しい労働となった。

 だが、そんな練習場でのボール拾いのバイトも、プロや受付のスタッフが先に帰ってしまった夜には一変した。

「じゃ、お先に~。後は頼むよ~」

 プロやスタッフのこの言葉を待っていたかのように、私たちは片づけを急いだ。そして帰り支度を完璧に整えた上で、夜の黙(しじま)の中での「ビッグイベントゴルフ」を開始するであった。

 プロやスタッフがいたとしても、私たちはアルバイトの仕事をすべて終えた後であれば、打席で練習することを許されていた。東京のど真ん中である。もちろん打席は人工芝のマットしかない。だが人工芝からしか打ったことのない新宿育ちの私たちにとって、実際の芝生の上からのショットは憧れであり、夢でもあった。

 なぜなら「ビッグイベントゴルフ」で繰り返し放映された、カイトの、ワトソンの、ショットの後にボールを追うようにして飛ぶターフは、ダウンブローの証として、当時の私たちの間では、最高のショットと見なされていた。

 当然ながら、人工マットを飛ばすことは不可能である。しかし、プロやスタッフが帰った後であれば、打席の前の芝から打つ――ターフを飛ばす――ことが可能だったのだ。もちろんそれは秘密裏に行われた。

 そして、少なくとも、最長50メートルの落合ゴルフでアルバイトするその4人にとって、大きなターフをどこまで飛ばせるかが、アイアンショットの成否を決定する最高の勲章であったのは間違いない。

 鍵を閉めて、スタッフの自転車がなくなったことを確認するや、私たちは芝生の上に飛び出していったものだった。

 照明を落としたまま、私たちは夜の黙(しじま)の中で、誰ひとり口を効かず、黙々とアイアンショットを打った。ボールが50メートル先のネットに向かって飛ぶ。その後をターフが追いかける。

 誰もが、ワトソンやカイトに成り切っていた。

 満足すると今度は芝生の修繕作業が待っている。ターフの少ない私の作業は比較的簡単だった。だが、イワオには重労働が待っていた。バラバラになった芝を集め、ディボットを一つずつ直さなければならない。砂を撒けば済むような問題ではない。そこには、次の日の朝、スタッフやプロが出勤してきても気づかないような完全なる原状回復が求められるのだった。

 だが、そんな作業の中もイワオは喜びを隠せない。なぜなら、それこそが、ダウンブローの王者の証であったからだ。

 だが、私たちの「ビッグイベントゴルフ」もそう長くは続かなかった。

 ある日の夕方、いつものように落合ゴルフのアルバイトにやってきた私たちを、門の前で待ち構えている影があった。加藤プロである。全員揃ったところで私たちは練習場に連行された。

「これは何だ」

 加藤プロの指差した先の芝生は、見事にターフが取れて土が露出している。それは、イワオが前夜、とりわけ一生懸命練習していた「打席」の周辺であった。そう、誰よりターフを飛ばす技術に長けていたイワオは、誰よりもターフを直す技術と丁寧さに欠けた少年ゴルファーでもあったのだ。

 いったい何が起こったのか、と加藤プロが私たちに問い質す。聞くまでもない。深夜、トム・ワトソンやトム・カイトが日本の練習場に忍び込むはずもない。事態は明々白々であった。

「以前から知っていたんだよ。ただね、こうやってね、芝生をちゃんと直さないとね……困るんだよ。お客さんからの見た目も悪いし、それに芝生も……、かわいそうだろ」

 私たちはクビを覚悟した。さらに、加藤プロは、お客さんの少ないB練習場(15ヤードくらい)の方に私たちを連れて行く。

 きっと怒られるのだろう。その手に握られたピッチングウェッジで殴られるのかもしれない。そんなことを考えていると、加藤プロが芝の上に降りていった。

「ほら、こうやって、芝生を傷つけないように打つんだよ。これくらいのアプローチなら打ち込む必要はないだろ。それに、ここなら受付のおばちゃんたちにもガミガミ言われないだろ」

 そう言うと、加藤プロは「ダメだよ、隠れてコソコソのゴルフは」と言い残し、すべてを不問に付したのだ。

 こうして私たちの深夜の「ビッグイベントゴルフ」は終わった。再び人工芝の上に戻った私たちは、ワトソンやカイトになることを諦めることになったのだった。
[ 第13回 終わり ]


前ページへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー