上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.06.22


上杉隆 連載コラム

逆光の中、僕はノーマンのように
完璧なショットを打った……。

 翌日から、私たちのヒーローはグレッグ・ノーマンに変更された。ノーマンのスウィング、プレショット・ルーティン、歩き方、ギャラリーの声援に応える仕草まで真似をした。

 とりわけ私は、その特徴的なフィニッシュ、――フォローで体重が左脚に移ると同時に右脚が滑って引き寄せられる――、を繰り返し真似した。

 若き日の特訓の成果は素晴らしい。なにしろ、いまだに私はドライバーでフルショットする際に、右脚が滑ってボールと身体のバランスを同時に崩すという「悲劇」に見舞われることがあるくらいだからだ。

 さて、ノーマンの逆光のショットであるが、それは、私たちのホームコース「サンコーCC」でも再現可能なものだった。

 サンコーCCの早大理工学部脇からのパー5は、朝陽の中に向かって打っていくホールになっている。普段ならば球筋も確認できないため、あまり面白いとはいえないホールであった。だが、ノーマンのぺブルビーチでのショット以降、そこは人気ホールのひとつに変わった。

 ある冬の朝、私は果敢にも逆光の中、木越えになる二つ目のショットで、"ブラウン"を狙っていた。太陽がちょうどビルの谷間から顔をのぞかせたばかり、眩しさのあまりホールを確認することはできない。そこで、フォアキャディ役を、まだ初心者だった"コバ"が買って出たのだった。

グレッグ・ノーマン この朝、私はすでにひとりの「グレッグ・ノーマン」であった。ミスショットという文字は脳裏から完璧に消えている。自分の立っているのは、新宿のど真ん中の造成地ではなく、間違いなく「ぺブルビーチ」の18番ホールであった。私は、妄想の中の確信でもって、コバを立たせたまま、逆光の中、フルショットを行った。

 ノーマンのように右脚が滑る完璧なショットだった。ボールは高々と上がり、ブラウンを捉え、仲間たちからの「おおー」という驚きの声が聞こえるはずだった。

 だが、聞こえたのは「歓声」ではなく、コバの「悲鳴」だった。

「痛えっ――」-

 私の放ったボールは完璧にトップし、驚くような低い弾道で逆光の中を貫くと、コバの左の太腿を直撃したのだ。

 七転八倒するコバ。私はしばらく呆然と立ちすくんだ後、ふと我に返った。友だちを怪我させてしまったことにではない。自分が「グレッグ・ノーマン」でない現実を悟って、我に返ったのだ。

 美しい太陽の光は、アラン・ドロンでなくとも、人を惑わせる。とくに逆光は危険だ。私たち中学生ゴルファーは、そうした勘違いをいくつも経験して、大人になっていった。

 中学校の卒業式が近づいてきた。高校受験の頃には、さすがに「サンコーCC」でのトーナメントも自然と開かれなくなっていった。

 私たち6人の少年ゴルファーは、ようやく新宿のゴルフ場からも卒業し、初めて本格的なゴルフコースに足を踏み入れようとしていた。
[ 第11話 終わり ]


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