上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.06.01


上杉隆

世界で唯一のパー10は、
ある日、突然に消滅した……。

 グリーンを模した〝ブラウン"まで30本以上の木々の間を抜けていかなくてはならないロングホール、石垣の上からソールを当てないようにトップさせて打つショートホールなどもヨデブの設計であった。その独創性は、半ば自虐性を伴って、他選手の怒りを買うに十分なコース設計者に彼を仕立て上げた。

「なんだよ、これ」

「ふざけんなよ、打てるわけないだろう」

 ヨデブが新しいホールを考えつく度に、公園内には少年たちの大声が響いた。私たちはそうした難関ホールに果敢にチャレンジしたものだった。いや、ついにはすべてのホールがトリッキーになり、箱根山CCは屈指の難関コースに成長していったのだ。

 ツツジの潅木越えのホール自体はそれほど難しくはなかった。問題は、ティグラウンドが潅木のわずか50センチ手前に設定されることであった。

 そうした場合に私たちは、サンドウェッジのソールをさらに寝かせて、アウトサイドインでボールをこすり上げたものだ。だが、その結果の多くは芳しくなかった。ショットはトップし、潅木の中にボールを突き刺すことになったからだ。

 よって、少しでもそうしたハザードからボールを離そうと、数センチのティの位置で口論の始まることも少なくなかった。なにしろ少年たちにとってアンプレヤブルを宣告することは恥であった。

「ボールはあるがままでプレーせよ」

というゴルフ先人達の教えを忠実に守るため、結果、白や赤の甘い匂いを放つ花をつけたツツジの潅木と格闘することが続いたのだ。  おそらく箱根山CCで、通行人が一切私たちに近づいてこなかった理由はここにある。

 なにしろ連日のように公園内で、少年たちがツツジの潅木に向かって大声を出したり、歓声を上げたりしているのだ。不気味以外の何ものでもない。よって通行人たちはむしろ浮浪者のいるエリアを選んで歩くようになった。きっとそちらの方が安全だと判断したのだろう。

 そうした箱根山CCの傑作ホールが、ヨデブの設計したパー10の最長ロングであった。ティグラウンドは標高46メートルの新宿箱根山の麓に作られた。遥か先の「ブラウン」に辿り着くまで危険なハザードがいくつも待っている。

 もっとも危険だったのは、公園道路越えのロングショットだった。犬を連れて散歩する近所の老夫婦、ランチにやってくる早稲田大学の学生たち、場合によってはそうした彼らの頭上を越えるショットすら要求されるのだ。

 そう、もちろんこの危険なホールは私たちではなく、彼ら公園利用者にとって危険だったのである。

 だが、ヨデブの設計した世界唯一のパー10も、ある日、突然に消滅した。その朝、箱根山CCに到着した私たちは、クラブを持ったまま呆然と立ち尽くしてしまった。

 公園には黄色い柵が張り巡らされ、工事の開始を示す看板が取り付けられている。その向こうではすでに重機が何台も稼動している。

 中学3年生の春、私たちは突然、ホームコースを失ってしまったのである。

[ 第8話 終わり ]


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