上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.05.25


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ガールフレンドの手を握るより
僕らはクラブを握ることを選んだ。

 私たちのゴルフは、最初、校庭の片隅で、部活の練習の合間に、野球のバットでボールを転がすことから始まった。

「野球部だよ。〝エテパン〟がボールとバットで、青木功の真似をしたのが最初だ」

「いや、野球部なら〝大ちゃん〟だろ。大ちゃんが本物のゴルフクラブを学校に持ってきたところから始まったんだ」

「違うよ、サッカー部の〝ウエスギ〟と〝鈴っちゃん〟が、鉄棒のところで野球部の道具を勝手に借りて、ゴルフの真似をしたことから始まったんじゃないの」

 結局、6人の少年たちのゴルフの起源がいつの頃からだったか、あるいは誰が始めたのかは判らない。

 ただ確実なのは、ゴルフが私たちの学生生活の中心に入り込み、青春の一ページどころかすべてを変えてしまったことである。

 入学当時の私たちは、それぞれサッカー部、野球部などに所属する普通のスポーツ少年であった。始めからゴルフに熱中していたわけではない。いくらなんでもそんなことをしていたら、誰一人、まともな中学生活を送れることができなかっただろう。

 なにしろ多感な時期である。勉学にしろ、スポーツにしろ、暴走行為にしろ、行動のどこかには多分に異性を意識した動機が隠されていたものだった。そうした中学時代にゴルフをするということは極めて「危険」なことであった。

 当時の雰囲気では、ゴルフは限りなくオヤジ臭いスポーツの代表格であり、仮に中学生でそんなスポーツをしていたと知られたら、笑われるか、爆笑されるか、あるいは大爆笑されるかのどれかであった。

 つまり、当時の日本では、ゴルフをするということは、異性にもてるための決定的なマイナス要因になっていたのである。

 実際、ゴルフをしているという「秘密」を隠すために、私たちは涙ぐましい努力をしたものだった。

 朝、私たちは校門をくぐった途端、目の前の用務員室に駆け込みゴルフクラブを隠してもらったものだった。それは教師に見つからないようにというよりもむしろ、同級生の女の子たちの目を意識しての行為であったことを白状せねばならない。

 ゴルフをする前までの6人はそれぞれ、それなりの青春を謳歌していたものだった。

 私でいえば、当時のガールフレンドと映画を観に行ったり、憧れのひとつ上の先輩と淡い時間を過ごしたりと、それなりに楽しい青春を過ごしていたものだった。

 ところがゴルフを始めて、それを隠すこともできなくなるほど熱中し始めると、その種の「青春」はあっという間に消えた。

※大都会・新宿の片隅でクラブを振り回す。これがぼくらの青春だった。
一番右が著者。一番左が“鈴っちゃん” ↓

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 サッカー部に所属していた頃には朝夕の通学時に声を掛けてくれた後輩の女の子の姿も、いつのまにか消えた。恐れていた事態が現実のものとなっていったのだ。

 私たちの「青春」はゴルフによって奪われはじめ、ガールフレンドの手を握る代わりに、クラブのグリップを握る時間の方が圧倒的に多くなっていった。

 ついには、半ば堂々と教室や校庭の片隅でゴルフクラブを振り回すようになると、私たちは学内で「オヤジのスポーツに興じている変わったやつら」という評価を与えられるだけの存在になってしまったのだ。

 それは多感な中学生にとって、決定的な「試練」であった。当時の日本のゴルフ少年たちはみな、多かれ少なかれ、そうした差別の中で育ってきたはずだ。

 それでも、私たちはゴルフを止めなかった。ガールフレンドとの甘いキスよりも、朝の日差しの中を飛んでいくナイスショットに魅せられたのだ。淡い「青春」は失われたかもしれないが、芝の上の「青春」はいまなお心に刻まれている。

 ただし、美しいはずの自らのゴルフの起源を誰一人思い出せないのには理由があるようだ。おそらく同級生たちから受けた「トラウマ」を癒すために、無意識の忘却にその記憶を押し込んでいるからに違いない。
[ 第7回 終わり ]


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