上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.05.17


【第6回】
スフィンクスと、バンカーショット。

スフィンクスとバンカーショット

(前回のあらすじ)
 1980年代、ジャーナリスト・上杉隆はゴルフに夢中な中学生だった。「鈴っちゃん」「イワオ」「大ちゃん」「ヨデブ」といった個性的な5人の仲間と上杉は、新宿・戸山公園をコースに見立てた「箱根山CC」を根城に、青春のすべてを賭けて、「ゴルフ」を楽しんでいた――。

都会にはない「バンカー」を求めて、
僕らは始発電車で旅に出た。

 近代ゴルフの発祥地・英国で政権交代が為った。43歳のデビッド・キャメロン首相と同じく43歳のニック・クレッグ副首相が連立を組んで、これからの英国を率いることになる。

 同年代の若いリーダーの誕生だが、私は不安を覚えている。なぜなら、この二人がゴルフをしているという評判がほとんど聞こえてこないからだ。

 英首相といえば、戦争とゴルフである。断言してもいい。それこそが彼らの主たる仕事なのだ。

 第一次世界大戦時の指導者であったロイド・ジョージも、第二次世界大戦時の首相であったウィンストン・チャーチルも何よりもゴルフを愛した宰相だった。

 その二人は数々の名言を残している。とくに晩年、あのアドルフ・ヒトラーを評価するなど政治家としてバンカーに嵌りまくってしまったロイド・ジョージこそ、重い言葉を残した指導者であった。

「私の尊敬するゴルファーは、エジプトのスフィンクスである。2000年もバンカーにいながら泣き言一つ、言わない」

 中学校時代、私たち少年ゴルフファーのもっとも不得手だったのは、バンカーショットであった。「鈴っちゃん」だけではない。6人ともバンカーにはいつも不安を抱いていた。

 なにしろ中学校は新宿のど真ん中にある。コンクリートとアスファルトに囲まれ、そもそもクラブを振れるような環境にない。雑草と裸地がモザイク状に織り成す、あの箱根山CCですら、バンカーに適した砂地はほとんどなかった。

 確かに近隣の公園にはバンカーに適した砂地があることにはあった。だが、そこは小さな子供たちの遊ぶ砂場であり、中学生がサンドウェッジを振り回すにはあまりに危険すぎたのである。

 よって私たちは遠征することでバンカーショットの練習に励んだものだった。その遠征地に赴くにはまさしく遠征が必要だった。新宿駅から小田急線に乗って、片道430円(※当時、編集部注)の旅の末に到着する小田急鵠沼海岸駅、そこに、私たちの唯一のバンカー練習場があった。

 私たちは大抵、午前4時半過ぎの始発電車に乗ったものだった。新宿始発は各駅停車である。急行が走りだす頃には、新宿駅構内は激しく混み合う。よってサンドウェッジなどのゴルフ道具を携えて歩くことはさすがの私たちでも難しかったのだ。

 それに、私たちの持ち物はゴルフクラブだけではなかった。遠征練習の多くは、授業のない夏休みに実行された。ラジカセやサーフボード、そしてなぜかマージャン牌とマージャンマットが遠征の必需携行品だった。


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