上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.04.20


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父親の3番アイアンを持参した
「大ちゃん」を襲った突然の悲劇。

「箱根山CC」は決して広くはなかったが、ホール数は無限であった。なぜなら、前のホールのマッチで勝利したオナーが、適当な場所を見つけて、「次のティグラウンドはここだよ」と宣言さえすればよかったからだ。

 次に私たちは、ベアグランドと雑草の混在するきわめて悪条件のフェアウェイに向けて打ちっ放す。フェアウェイの距離まで15ヤードというショートもあれば、潅木がスタイミーとなる30ヤードのドッグレッグミドル、公衆トイレ越えの70ヤード打ち下ろしのロングホールもあった。

「グリーン」はそのフェアウェイの奥の、石の壁に囲まれた場所にあった。そこには芝生は一切生えておらず、露地がむき出しになっており、微妙なアンジュレーションを作り出していた。カップはその土を掘って作られていたが、わずか30cmといえども侮れないパットが私たちを苦しめた。

 それは、もはや「グリーン」といえなかった。私たちは文字通りにその超難関グリーンを「ブラウン」と呼んでいた。その「ブラウン」に乗せるためには高度なショットも要求された。角溝アイアンなどこの世に存在しない時代である。当然にスピンは一切かからない。いや角溝があったとしても、その「ブラウン」にボールを止めることは不可能に近かっただろう。

 よって私たちは手前のまだらなフェアウェイか、あるいは後ろの石の壁にボールをぶつけて、バーディを狙ったものだった。

 ある日の早朝のこと、私は木立の間を抜ける難しいティショットの「ホール」を宣言した。そこは2本の木立の間の狭い空間を抜けない限り、フェアウェイ方面に打てない困難な場所であった。

 その日、「大ちゃん」は、密かに自宅から父親の新品の3番アイアンを持参してきていた。角度といい、距離といい、3番アイアンでのアプローチこそが、バーディチャンスをうかがう唯一のショットであるかのように見えた。少なくとも、当時の無謀な私にはそう思えた。

 だが、父親のクラブが傷つくことを畏れた「大ちゃん」は、そのクラブを木立の中で振り回すことに賛同しなかった。よって、クラブを貸し与えることに躊躇していたのだが、ゴルファー特有の好奇心だろうか、最終的には私の手元に3番アイアンは握られていた。

 事前の私のイメージでは、完璧なハーフショットが放たれ、ボールは「ブラウン」にワンオンするはずだった。実際、今年のオーガスタの15番でのミケルソンのように、私は躊躇なくスウィングをしたものだった。

 結果、矢のようなボールが見事に70ヤード先のフェアウェイを転がっていくのがみえた。歓声が沸くはずだったが、代わりに聞こえたのは大ちゃんの悲鳴だった。

 低い位置でフィニッシュを決めたはずの三番アイアンのシャフトが、前方の木にぶつかり、見事にその中央で90度曲がっていたのだ。

 その夜、大ちゃんには自宅で、父との”戦い”が待っていたのは言うまでもなかった。

[ 第3話 終わり ]


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