上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.04.20


【第3話】
新宿・戸山公園は僕らのオーガスタだった。

前略、芝の上から

(前回のあらすじ)
 ジャーナリスト・上杉隆は中学時代、「大ちゃん」「イワオ」といった5人の仲間とゴルフに夢中の日々を過ごしていた。小遣いもなく、ホンモノのコースでのプレーなど望むべくもない6人の少年ゴルファーたちは、TVに写るマスターズ中継に夢中になり、互いのスウィングをチェックし合って、ゴルフを楽しんでいた――。

「家族と戦う」タイガーとミケルソン……、
なぜこうも違ってしまったのだろうか。

 マスターズはフィル・ミケルソンの三度目の優勝で幕を閉じた。

 乳がんと闘う妻のため、バイザーにピンクリボンを付けて、ミケルソンは家族とともに戦った。最終日、病身をおして会場に駆けた夫人らと熱い抱擁を交わした姿は、ゴルフファンのみならず、全米の家庭に大いなる感動を与えた。

 一方で、そのミケルソンのライバルであるタイガー・ウッズも4位タイに入り、ツアー復帰を強く印象付けた。だが、注目されたエリン夫人は最後まで会場に現れず、こちらも文字通り、家族との戦いが依然として深刻な状況にあることを全米に知らしめた。

 同じ「家族との戦い」にもかかわらず、二人はなぜこうも違ってしまったのだろうか。

 米国を離れる直前、私は、アトランタ空港のラウンジにあった新聞各紙に目を通し、ゴルフ関連の記事を読み漁った。タイガーの「戦い」が、全米の少なくない男性に、特殊な勇気を与えた要素があるのは間違いないようだった。だが、それは公然と語られるには、まだ少しばかり時間が必要なようだった。

 とくに、家庭的に対照ともいえるミケルソンが優勝したことで、タイガーの完全復帰と家庭復帰の両方が遠のいてしまったのは想像に難くない。きっとタイガーにとって、自宅のベッドの上よりも、ゴルフコースの芝の上の方が心休まるに違いない。

 昨年、二人は最終日の同組でラウンドした。バックナインで猛追し、両者の氏名がリーダーズボードに載ると、オーガスタナショナルGCに集ったパトロンたちは熱狂の渦に巻き込まれた。同組について回った私も、タイガーとミケルソンがスーパーショットを連発し、バーディを奪い合うたびに、興奮を超えて鳥肌を立たせたものだった。

 やはりゴルファーは家庭ではなく、ゴルフコースで魅せるものなのだろう。

 スーパーショットといえば、今年の最終日、15番ロングホールでのミケルソンのセカンドショットは圧巻だった。フェアウェイ右サイドの木立の間の枯れた松葉の上という悪条件が重なったにもかかわらず、気持ちよく放たれた彼のショットは、クリークを越えてすぐのグリーン上に落下し、ピンに寄っていった。

 ガッツポーズを繰り返すミケルソンに、テレビ画面の前で、私もガッツポーズを繰り返していた。その興奮が醒めると、ふと私は、「箱根山カントリークラブ」で襲われた少年時代の悲劇を想い出していた。

「箱根山カントリークラブ」は当時、新宿にあった唯一の天然「ゴルフ場」であった。都区内最高峰・標高44.6メートルを謡う箱根山を懐く戸山公園内にあり、私たちの通う中学校(戸塚第一中)からは徒歩5分という好立地にあった。

 ゴルフ場といっても、きちんとしたコースではない。当時、荒れ放題だったその公園を勝手にゴルフ場に見立てて、私たち6人のホームコースとしていたものだ。


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