上杉隆 連載コラム 「前略、芝の上から」

2010.04.06


【第1話】
4月、中学生だった僕らが「集団遅刻」した理由

4月、中学生だった僕らが「集団遅刻」した理由。

教室でシャドースウィングをする僕らを
ガールフレンドは奇妙な目で眺めていた

 春は眠りの季節でもある。入学式や始業式に眠い目を擦りながら向かう若い学生たちは、成長期のダルさとともに、麗らかな季節とも闘わなければならない。

 中学時代の筆者も「睡魔」と闘うことに関しては例外ではなかった。それでも、部活の早朝練習で慣らし、早起きは不得意でなかった。そのためか、授業に遅れることはめったになかった。春のある一日を除いては……。

 4月の第3週の月曜日の朝、筆者とその仲間たちは、約束事のように「集団遅刻」を繰り返していた。中学時代と高校時代のそれぞれ3年間、一度の例外もなく筆者は授業に遅れた。大抵は30分、ある年には1時間を超えることもあった。だが、例年規則正しく、みな揃って同じように遅刻を繰り返すことにブレはなかった。

 「集団遅刻」の理由は寝坊ではない。むしろ、6人の仲間たちは早起きだ。当日の朝は、午前4時には起きてテレビの前で歌を口ずさんでいるほどだ。

 今年もマスターズの季節がやってくる。世界のゴルファーたちのすべての憧れである米ジョージア州オーガスタでの「祭典」は、極東のゴルフ少年たちにとっても例外なく憧れであった。

 4月の第2週が近づくと、新宿の中学校に通う6人のゴルフ少年たちの話題もマスターズトーナメント一色に染まった。

「セベ(・バレステロス)の連覇だ」

「いや、(ベルンハルト・)ランガーやサンディ・ライルも調子が良いらしいよ」

「そろそろ万年2位のトム・カイトかベン・クレンショーに勝ってほしいな」

「グレッグ・ノーマン! 絶対ノーマンに賭ける」

 4月になると教室の片隅ではこうした言葉が飛び交った。いつもは友人たちの輪の中で騒がしい6人だが、この時ばかりはクラスから完全に浮いてしまっていた。

 当時、ゴルフ人気は信じがたいほど低迷していた。ジュニアゴルファーの数は限られ、ましてやゴルフをする中学生など、「犯罪者」以下の扱いであった。少年ゴルファーは圧倒的に少数派だった。

 むしろ中学校(新宿区立戸塚第一)の前の明治通りから靖国通りにかけて、夜な夜な繰り返す集団暴走行為によって、練馬の少年鑑別所に送られる同級生の方が、数で言えば圧倒的に多かったほどだ。

 だからであろうか、他の同級生は一切聞いたこともない外国人の名前を連発する変な仲間から静かに距離を置くようになった。とくに4月、例年6人の男子学生が、横文字を連呼し、シャドースウィングを繰り返し、揃って「集団遅刻」をするさまを奇妙な目で眺めていたという。

「あの頃、あなたたちはみんな、変なクスリでもやっているのかと思ってたわよ」

 同じ団地に住む美少女の同級生は後にこう明かした。彼女は後にゴルフのおかげで振られたガールフレンドのひとりだ。

 だが実際、当時の6人の少年にとってゴルフは、クスリや暴走行為、あるいは恋愛よりもずっと魅力的であった。とくに「マスターズ」は、いかなる授業よりも、また教師や親からの叱責よりもずっとプライオリティの高いものであった。


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