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2012.08.20


クラッシッククラブ、陳清波プロのスウィング・・・・・・永遠に美しいものに魅かれるんだ

“ナベサダ”の愛称で知られ、ジャズミュージシャンの枠に収まらない活動で世界中を飛び回るサックスプレーヤーの渡辺貞夫さん。クラシッククラブへのこだわりは、仕事道具である楽器にも負けないほど!
海外に行ったときは、ウッド、アイアン、パターなど、あらゆるクラシッククラブを物色しまくるという。楽器演奏ではなく、ゴルフの練習で腱鞘炎になったという渡辺さんらしい熱いゴルフライフと、バイブルだという陳清波プロのレッスン書への思いを聞いた。

半年で腱鞘炎になるほど
ゴルフにハマっちゃった

ゴルフを始めたのは1962年の3月。実はこの年の2月からアメリカのボストンに留学するはずだったんだけど、スポンサーが見つからず8月まで出発が延びちゃった。ミュージシャン仲間も歓送コンサートをしてくれて、それ以後仕事もない。そんなとき家内の兄が、「気晴らしに」って練習場に連れてってくれて、ボールを打ったらこれがすごく面白かった。

渡辺貞夫さん それで夢中になって、3ヵ月ぐらい8月の渡米までプレイした。当時、世田谷区の砧に9ホールのコースがあって、ミュージシャン仲間と行ったんだ。初ラウンドのスコアは「55・72」。無我夢中でやったけど、「スジがいいよ」ってみんなに誉めてもらっていい気分になった。

その頃、渋谷に友達の友人がやっている小さな練習場があって、「月3千円で、好きなだけ打っていいよ」って言ってくれた。ボストンに出発するまで、そこに通いまくってね。ガムシャラに打ってたら、左手の小指が腱鞘炎になっちゃって。病院でムチャクチャ痛い注射を打たれた。「こりゃぁ、僕には向いてないスポーツだな」って思ったね。
ところが、ボストンのバークリー音楽院で初めてサックスの先生の部屋に入ったら、壁にパターが立てかけてあるのを見て、「僕もゴルフ大好きです」って挨拶したら、「ゴルフは適当にやったら、こんないいスポーツないぞ」と言われた。要は腱鞘炎になるほど、やっちゃいけないってことだよね。

65年の末に帰国したんだけど、それから5~6年はよくゴルフしましたね。練習場でボールを打つのが好きで、1970年の後半頃は一時、朝400球打って夕方また400球とか。ホント、よく練習したなぁ。

あのオーガスタで
11ホールもパーオン

70年代は仕事が忙しくなって、なかなかゴルフに行けなくなった。でも70年代の後半は数回だけど78を出して、それが僕のベストスコア。80年に肝臓を悪くして、1年間仕事もゴルフも休業し、いざ再開ってときに、これから80を切ったスコアカードは捨てずにコレクションしとこうって決めたんだけど、情けないことにまだ一枚もたまってないんだ。

渡辺貞夫さん マスターズ・ブランドのウェアのCMに出演した関係で、85年と86年には2年続けてオーガスタナショナルGCでプレーさせてもらった。85年のときは、作家の高橋三千綱さんとご一緒させていただいて、スコアは「44・52」。
実は、オーガスタはドローしか通用しないって聞いてたんで、行く前にプロにグリップを教えてもらって、それまでスライサーだったのを、ドローが打てるようにスウィング改造して挑戦した。おかげで、いい感じのドローボールが打てて、18ホール中11ホールでパーオン。でも、パーは4つだけ。14番で6パットしちゃったり、やっぱりオーガスタのグリーンはとてつもなく速くて、下りのパットはホント怖かったな。


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