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2012.04.15


結婚相手の条件は、“私よりゴルフが上手い人”だったんです

 1985年、おニャン子クラブの会員番号4番として芸能界デビュー。デビュー曲「セーラー服を脱がさないで」ではフロントメンバーに選ばれ、シングル「冬のオペラグラス」でソロデビューを果たすなど、おニャン子クラブの「顔」として人気を博した新田恵利さん。
笑うと目がなくなる可愛らしい笑顔そのままに、自然体で楽しんできた過去と現在のゴルフライフを聞いた。

若い頃は1.5Rが当たり前!
バリバリの体育会でした

私、こう見えてゴルフ歴は20年近く、結構長いんですよ。22歳から始めて、25歳からはシングルゴルファーのおじさまたちと、今でいう“ゴル友”になって、その後、数年間は、かなり真剣に打ちこんでいました。

新田恵利さん もともと運動は苦手なほうで、運動歴と言ったら体育の授業ぐらい。でも、芸能界に入って、初めてゴルフスウィングを見た時は「なんてかっこいいんだろう」と目がハートになりました。

22歳で一度引退したのですが、その時にテレビのスタッフからハーフセットをいただいて、仕事を辞めて時間ができたこともあり、頻繁に練習に行くようになったのが、ゴルフを始めたきっかけです。その頃は、練習場もたくさんありましたよね。有明にあった練習場によく行っていました。

25歳頃からは、シングルのおじさまたちと練習場で昼から夜まで何日か練習し、ラウンドに行くという日々。「女性は力がないから、マン振りを覚えなさい」と言われ、一生懸命クラブを振っていました。夜になって、グリップの形のまま、指がつってしまったこともありました。

ラウンドもハードで、みんな1.5ラウンドが当たり前なんです。ある時、「(1.5ラウンドした後)もうハーフ回るぞ!」と言われた時は、「お風呂入ってま~す」と言って逃げちゃいました。だって、ラウンド後はまた練習場に行くんですよ。当時を思い出すと、女性ゴルファーがほとんどいない中、かなり体育会のノリでゴルフをしていましたね。

グリーンフォークを
使えたら、幸せな日

これまでゴルフ道具は何回か替えてきているのですが、このミッキーマウスのグリーンフォークだけは、ずっと使い続けています。

一緒にゴルフをしていたシングルさんに、練習場でゴルフの技術を教わり、ゴルフ場では、スウィングではなくマナーを教えてもらっていました。一度グリーンフォークを使ってみたら、マナーを大切にするとみんなが気持ちよくゴルフができるんだな、とすごくいい気持ちになったんです。週末のグリーンは、ボール跡がかなりたくさんあるので、なおしがいもあります。

新田恵利さん グリーンフォークを使える時というのは、一番早くグリーンに行くことができた時でもあり、そんな時はプレーも調子がいいので、一日幸せな気持ちで過ごせました。

20代前半で、はまったゴルフ。結婚するときも「絶対に私よりゴルフが上手い人がいい!」と思っていました。一つ年下ですが、私よりゴルフが上手だった主人と結婚し、夫婦でゴルフに行くことが増えました。

それというのも、どちらかが都合がつかなくてゴルフに行けなかったりすると、家の雰囲気が悪くなっちゃうんです(笑)。私は旅行が趣味なのですが、ゴルフ道具を持って行くことが多いですね。今は、スコアはまったく気にせず夫婦でゴルフを楽しんでいます。


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