名手・達人の言葉

2015.02.17

ビリー・キャスパー

キャスパーは1966年、全米オープン(於・オリンピック)を制覇。同大会(於・ウイングドフット)は1959年に続き2度目の勝利だった。

この時の勝ち方が劇的だった。3日目まで当時のヒーロー、アーノルド・パーマーに遅れること7打。それを最終日にタイに持ち込み、勝負は翌日18ホールのプレーオフへ。

そこでもバック9で2打差を逆転しての劇的勝利だった。

パーマーといえば、その時代、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤーともに「ビッグ3」と称された国民的英雄。全米中を熱くしており、アーニーズアーミーと呼ばれる追っかけファンを大挙引き連れていたのだ。

そのパーマーに、太鼓腹のおっちゃん然としたキャスパーが2度の逆転劇を食らわせたのである。だが、マスコミは敗れたパーマーを主役にする。

そんな風潮にキャスパーは表題の「言葉」で皮肉ったのである。

そのキャスパーは今年2月に永眠。ニクラスは「ビルはもっと評価されてしかるべき。彼ほどの信頼を私はまだ得ていない」と悼んだ。合掌。

■ビリー・キャスパー
(ウィリアム・アール・キャスパーJr. 1931~2015年)
13歳でHC24の少年が、ノートルダム大学を経てプロ入りし、ツアー参加するまでわずか10年。天与の才があったのだろう。レギュラーツアーで51勝。メジャータイトルは1959、66年全米オープン、1970年マスターズと3勝。特に66年の全米オープンでは最終日、パーマーとの7打差に追いつき、翌日のプレーオフで破る快挙をなしとげている。バードントロフィ5回受賞。1978年ゴルフ殿堂入り。ニクラス等のビッグスリーに対し、ビッグワンとも称され、独自の地位を築いた。パットの名手ともいわれたが、ビリヤードの名手としても有名だった。また敬虔なモルモン教徒として数々の社会貢献もつくした。家庭を大事にして6人の養子を含む11人の子供をもち71人の孫、ひ孫に囲まれて余生を送った。2015年2月永眠。

ゴルフ名言集へ ≫≪ ゴルフコラムTOPへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー