名手・達人の言葉

2015.02.10

青木功

中学を出て、同じ町の林由郎を頼って、我孫子GCのキャディになった。その初めての日、青木が就いたのは、銀座数寄屋橋料亭のオーナー氏。

そのオーナー氏が空振り、青木は思わず大笑いしたという。その笑い声が屈託なかったのだろう。オーナー氏はずっと青木を可愛がってくれて、ある約束をした。

「お前がラウンドできる時が来たらクラブを買ってやる」

しかし、青木はラウンドできるようになっても、そうしなかった。

また次の目標、「プロになったら……」、次々にオーナー氏は約束を果たしたがったが、青木はせがまなかった。なぜなら、そのオーナー氏にいつまでも就いていたかったからだ。

「もしクラブを買ってもらったら、つきあいがそれっきりになりそうで。それくらい魅力がある人だった」と青木。

青木には人生の節目に恩人が何人かいるが、このオーナー氏が最初の人だったと述懐するのだ。

■青木功(あおき・いさお 1942年~)
1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、「オリエンタルマジシャン」と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長く伝えられるだろう。国内57勝。シニア9勝、海外7勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、世界ゴルフ殿堂入り。

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