名手・達人の言葉

2014.10.21

安田幸吉

初めて日本人の手により設立された東京GC駒沢コースは、1914年(大正3年)開場。

その開場とともに小学生の安田はキャディを始め、17歳でプロになっている。

その頃の状況を自著『ゴルフに生きる』で述べている。その一部が表題のそれだ。

昔、大砲を据える時、土を盛り上げ固くして台形にしたが、ティグラウンドも全く同じで赤土を固めたという。だから芝はなかった。

砲台の側にはサンドボックスがあり、そこには砂と水が入っていて、ティアップの時は砂山をつくり、水で固めてその上にボールを乗せたという。

塹壕とは敵弾を避けて身を隠す空堀のことで、バンカーをそう呼んだのはやはり時代だったのだ。

■安田幸吉(やすだ・こうきち 1905~2003年)
子供の頃から生家近くの東京GC・駒沢でキャディ、17歳でプロゴルファー。1957年、日本プロゴルフ協会設立にあたっては初代理事長に就任。1927年には昭和天皇へクラブを製作して献上する名誉に浴した。勝利には恵まれなかったが、1929年には宮本留吉と日本人プロ初の海外遠征メンバーにも選ばれている。コース設計も50を越す。1991年にはプロ界初の叙勲(勳三等瑞宝章)、文部省からも「スポーツ功労賞」受賞。プロ界の勃興、功労者として人生を全うした。

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