名手・達人の言葉

2014.08.19

井上準之助

井上は、日本で初めて日本人のためのゴルフ倶楽部(東京ゴルフ倶楽部・駒沢)を設立した人。

その井上が日銀時代、ニューヨークへ赴任した時、ゴルフを覚えてその痛快さを日記に認(した)ためていたのが表題の「言葉」だ。

日銀も動乱の時代で、井上はニューヨークで激務のため神経衰弱寸前だったが、それを救ったのが、ゴルフであった。

「世界ノ事ハ万事忘レテコンナ愉快ナ事ハナイ。コンナ暇ガ日本デホシイ」

このモチベーションが日本初のゴルフ倶楽部設立へと動いていく。

昭和7年、井上は凶弾に倒れるが、棺の中にはゴルフ道具一切と鳥打ち帽が納められた。しかも、そのクラブはその時代の最新鋭スチールシャフトで、それが米国より届いたのは死の1日後のこと。

新調のクラブを納めたのは「あの世でプレーしてくれ。俺達もそのうちジョイントするから」という友人達の計らいだった。

■井上準之助(いのうえ・じゅんのすけ 1869~1932年)
大蔵大臣、貴族院議員。日銀総裁(第9、11代)を歴任。日銀ニューヨーク時代、ゴルフを覚えてこれによって健康を回復したといわれる。明治44年(1911年)帰国。それまでのゴルフ場は神戸GCなど外人のための倶楽部だったが、井上は日本人のための倶楽部設立へと尽力。その甲斐あって大正2年(1913年)東京ゴルフ倶楽部(駒沢コース)設立。昭和7年(1932年)、蔵相時代の経済混乱の中、銃弾に倒れる。

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