名手・達人の言葉

2014.07.22

尾崎将司「帽子をとって、手袋を脱ぎ、手を拭いて握手しましたよ。 」
1980年代の始め、ジャンボ尾崎はスランプにあえいでいた。賞金ランクも3位以下より外したことがなかったのに、81年、28位にまで急落。

そんななか、82年、周囲の反対を押し切り、米国フロリダの試合に遠征。目的はジャンボがたった1人だけ崇拝する帝王、ジャック・ニクラスに会うためだった。

その日、ニクラスは66を出したが、ラウンドが終わると練習場へ直行。黙々とドライバショットの調整に汗を流した。

そのニクラスの練習の様子を、正面、後方からずっとジャンボは見続けた。それは陽が落ちかけ、ニクラスを自宅から送迎するヘリがもう飛び立たなければまずいという時間まで続けられた。2時間は経っていたろうか。

促されて練習を止めたニクラスに、ジャンボは帽子をとり、汗を拭き取った手で握手を求めたのだ。

この話は筆者の友人でもあり、ジャンボに同行していた三田村昌鳳さんから訊いた。

その2年後から、ジャンボの世界にも例を見ない驚異の快進撃が始まる。

■尾崎将司(おざき・まさし 1947年~)
1947年、徳島県に生まれる。幼年時から野球に熱中し、海南高では投手、4番バッターで選抜甲子園で優勝。卒業後プロ野球・西鉄ライオンズに入団するも芽が出ず、プロゴルファーへ転身。70年プロテスト合格。そこから天賦の才能が花開き、遅咲きのライバル青木功とともに、日本のトーナメント隆盛の礎をつくった。勝利数113(うち海外1勝)。賞金王になること12回。国内では圧倒的な数字を残している。何より驚かされるのは79年から7年ほど不振に陥ったが、そこから復活し、再び尾崎時代を出現させたことだ。世界のスポーツ界でも稀有のことであろう。ただ画竜点睛を欠くのは、青木功が米ツアーで活躍し、殿堂入りを果たしたのに対し、海外参戦へは消極的であったことだろう。しかし国内戦績だけで2010年、世界ゴルフ殿堂入り。いかに国内での戦績が図抜けていたかの証左であろう。2013年、レギュラーツアーで66歳にして62のエージシュート達成。

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