名手・達人の言葉

2012.09.26

この優勝盃は正倉院御物の周の掛山炉からヒントを得て考案したものです。――大谷光明
大谷光明といえば、日本ゴルフの創成期に米国のゴルフルールを解釈し、日本に根付かせた人としてつとに有名だが、日本オープン選手権を成立させた功労者であることは意外に知られていない。

第1回日本オープン発足の折り、選手権盃の意匠考案をしたのが他ならぬ大谷であった。その時に参考にしたのが冒頭の「言葉」のように、正倉院にあった中国・周の香炉である。

この優勝盃は形が風変わりで、東洋的趣きが香りたっていて、大谷が仏門出身だからさもありなんと思われていたのだが、実は冒頭のような事実があったわけである。

その優勝盃はその後、昭和16年(第14回大会)優勝した延原徳春プロが京城に持ち帰ったが、朝鮮戦争で行方不明となり、2度と日本へは戻らなかった。

それまで同大会に6度優勝した宮本留吉は、ユニークで東洋風の気品溢れるこの優勝盃の紛失をもっとも嘆いた一人だった。

 

■大谷光明(おおたに・こうみょう 1885~1961)
浄土真宗・西本願寺21世門主、明如上人の三男に生まれた。1906年から3年間の英国留学で覚えたゴルフが大谷のその後の生き方を決めた。22年には日本アマに勝つほどの腕前だったが、それ以上の功績があったのは、ルールの正しい解釈と普及に努めたことである。24年、日本ゴルフ協会の設立にも尽力し、理事長や会長などの要職を歴任した。ルールの普及に努めた生き方は、親鸞上人を先祖に持ち、自らも得度した"お坊さんゴルファー"の面目役如であった。

 

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