名手・達人の言葉

2012.01.25

君は待ち方が下手だな……。――中部銀次郎
元日本テレビスポーツアナウンサーの吉田しん(土へんに眞)一郎。1983年、ハワイアンオープンで青木功が米ツアー劇的初優勝した時アナウンスしたことでも知られる。

その吉田が憧れの中部銀次郎とラウンドした。緊張し、舞い上がっていた吉田は誤球してしまった。中部より飛んでいるはずもないと、最初にさっさと打ってしまったのだ。もちろん中部はわかっていたのだが、制止する暇もなかったという。

吉田は「一生のうちで一番嬉しい誤球だった(?!)」と述懐していたが、ラウンド後、吉田が中部に感想を聞いたところ、その時の「言葉」が冒頭のそれだったという。

中部は口に出すことはしなかったが、ティグラウンドから自分のボールのところまで歩く時、人に横切られることを嫌った。その時、次打での攻略を考えているのだろう。“待つ”時間にもゴルフ上達のヒントが隠されているというべきか。むろん、自分が人の前を横切ることは一切しなかった。

悠々として急ぐその姿は美しかったと吉田。

それからは吉田は“待つ”所作のことを考えるようになったという。

 

■中部 銀次郎(なかべ・ぎんじろう 1942~2001)
山口県下関市に大洋漁業を営む一族の御曹司として生まれる。虚弱な体質のため、幼少より父の手ほどきでゴルフを始める。長ずるにしたがって腕をあげ、天才の出現と騒がれた。甲南大卒。60年、18歳で日本アマに出場。62年、20歳で日本アマ初優勝。以後64、66、67、74、78年と17年にわたり、通算6勝の金字塔をうちたてた。67年には西日本オープンでプロを退けて優勝。プロより強いアマといわれた。しかし、プロ入りはせず、生涯アマチュアイズムを貫いた。01年、永眠。

 

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