名手・達人の言葉

2011.04.06

マスターズなどという、おこがましい名称には反対だ。――ボビー・ジョーンズ
年間グランドスラムを達成し、28歳の若さで競技ゴルフから引退した球聖・ジョーンズ。偉そうな倶楽部ではなく、ゴルフだけを仲間と楽しむために、故郷に盟友クリフォード・ロバーツと共に設立したのが、ご存知オーガスタ・ナショナルGCだ。

財政・運営面を担当したロバーツは、アイゼンハワー元大統領の財務をしきるほどの大物実業家。超保守主義で「私の目の黒いうちは黒人は出場させない」という人物だった。当然、オーガスタを権威あるコースにしようとしたし、そこで開く試合なら「マスターズ」と名づけようとしたのはうなづける話だ。

だが球聖は「生涯を通じて、平日は仕事をし週末にコースで遊ぶという平凡なゴルファーとして行動した、ただ一人の人物」と作家のポール・ギャリコが評した人柄。それで表題の「言葉」に行き着くのだ。

ロバーツとて、ジョーンズとは大学時代に知り合い。意気投合し、彼を顕彰しようとしてオーガスタ設立を思い立ったのだから、反対も何もなかっただろう。

結局、大会名は「オーガスタ・ナショナル・インビテーション・トーナメント」と平凡な名前に落ち着いた。ジョーンズの意図した通りだった。

しかし、大会そのものが自然に権威を増して――球聖を慕って当時の超一流選手が招待を望み、彼らが歴史をつくっていった――、もはや球聖だけの大会ではなくなっていくのだ。

インビテーションの名は1934年から39年まで。40年からはマスターズの名前でメジャーの仲間入りをして数々の伝説を残していく。

仲間だけの楽しい集いにしようとして、その仲間によって偉大な大会になっていったのだから皮肉な話ではある。

泉下の球聖は今、何思うだろうか?

 

■ボビー・ジョーンズ(1902~71年)

米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きでもあり、5歳で自然にクラブを握る。14歳で全米アマに出場。その後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトランタに戻り弁護士活動のかたわら、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズ・トーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。不世出の球聖として歴史にその名を刻む。

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