名手・達人の言葉

2010.11.17

おれ、クラブと話するんだよ。おれが思惑を訊いて応えてくれなきゃ使えねぇな……――青木功
プロ入りする修行中、初めて手にいれたフルセットのカバーを剥がすのももったいなく思い、そのまま一晩中、布団の中に抱えて寝たこと。

持ち球のフックで自滅して日本オープンをとりそこない、フェード打法に改造しようと一念発起。どうしても直らないストロングに握る左手をウィークに矯正するために、合宿中、練習以外の食事や、寝る時もウィークの左手をそのままクラブに包帯でグルグル巻きにし、クラブと左手を一体化させようとしたこと。

たまたま訪れた米軍キャンプのゴルフ場ショップで“サイレントポン”というパターを偶然見つけ、長いシャフトを短くして使うと、その後、そのパターが青木を“パットの名手”といわしめる生涯のウエポンになったこと。恐らくそのパターを触ってみて話しかけると、何かが響いたのだろう。

青木のクラブに対するエピソードは、ことほど左様にひきもきらない。

青木がクラブに熱く語りかける姿が目に見えるようだ。

 

■青木功(あおき・いさお 1942年~)

1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、『オリエンタルマジシャン』と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長くつたえられるだろう。国内56勝。シニア9勝、海外7勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、アメリカでゴルフ殿堂入り

 

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