名手・達人の言葉

2010.07.21

言葉ができないから、その分ゲームに集中できたわ。――樋口久子
 

 チャコこと樋口久子が、米女子ツアーに参戦しはじめたのは1970年のことだった。

 その3年前、女子プロテストに第1期生として受かったものの、トーナメントは数えるほどしかなく、スキルアップの場がない。それならと、武者修行として同じ第1期生の佐々木マサ子らと渡米したのが始まりだった。

 そしてその7年後には、見事メジャーの全米女子プロに優勝するのだが、表題の「言葉」はそれらを振り返っての感想だ。

 当時、男子も米ツアーにはメジャーなどに招待されてはいたが、常駐する者は誰もいなかった。その理由のひとつに言葉の問題があった。英語を自分でしゃべれずには、そもそも日常生活でもコミュニケーションがとれず、ましてツアーなど転戦できるはずはないと思われていたからだ。

 もちろん樋口も英語など“チンプンカンプン”だったが、そのマイナス要因をプラス要因にしたのが表題の「言葉」である。

 青木功が海外で活躍するのはその後のことで、樋口はその魁(さきがけ)。大和撫子(やまとなでしこ)は、現在だけでなくその時代から強かったのである。

 

■樋口久子(ひぐち・ひさこ、1945年~)

埼玉県川越市出身。高校1年まで陸上部ハードルの選手だったが、姉が務めていた砧ゴルフ場でゴルフと出会い、卒業後、プロ界の大御所・中村寅吉門下生に。67年の第1回女子プロテストに合格。翌年、22歳で日本女子プロを制し、以来国内通算69勝。独特の「スエー打法」で(米国ではマグネティックスウィング)、世界の試合に参戦。77年には、念願のメジャー・全米女子プロに優勝する。現在に至るまで、日本ではただ一人のメジャータイトリスト。海外3勝、国内と合わせて72勝の金字塔を打ち立てた。96年に日本女子プロゴルフ協会会長に就任。2003年には、アジア人初の世界ゴルフ殿堂入りを果たす。

 

ゴルフ名言集へ ≫≪ ゴルフコラムTOPへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

運営会社 | プライバシーポリシー